樹木とその葉
本文約5,700字 ・ 読了時間 約12分
あらすじ(AIが作成しました)
若山牧水が、体調不良や旅先での経験、知人との交流を綴る随筆。沼津の知人宅で紅梅を愛で、温泉での静かな時間を過ごす様子や、村松道彌と共に沼津から静岡へ至る東海道沿いの廃道や松原を歩く旅路を描く。桃の花や海辺の風景に触れながら、足の痛みに苦しむ旅の苦労や、雨の丸子で吐月峯を訪れ名物のとろろ汁を味わうまでの道行が、詩情豊かに綴られている。
💰 この本を応援する(投げ銭)
くもり日は頭重かるわが癖のけふも出で來て歩む松原
三月××日
千本松原を詠んだなかの一首に斯んな歌があつたが、けふもまたその頭の重い曇り日であつた。朝からどんよりと曇つてゐた。
非常に急ぎの歌の選をやつてゐたが一向に氣が乘らない。五首見て一ぷく、十首見ては一服と煙草ばかり吸つていつの間にか晝近くなつてゐたところへ、近所の服部さんの宅から使が來た。庭の紅梅が過ぎかけたから見にいらつしやい、一緒にお晝をたべませうといふ事である。赤インキのペンをさし置いて早速立ち上つた。そして使の人の歸つて行くうしろからてく/\と歩いて行つた。
紅梅はまだ眞盛りであつた。かなりの老木で、根もとから直ぐこま/″\と八方に枝を張り渡した、丈の餘り高くない木にいちめんに咲いてゐる。花もまた枝と同じくこま/″\と小さく繁く咲いてゐるのである。花の向うには低い杉の生垣、生垣を越しては直ぐ香貫山の麓が見える。全山こと/″\く小松原であるこの山も麓の方には稀に櫟林や萱の原がある。紅梅を見越しての麓の原はちやうどその櫟の林となつてゐた。まだ落ちやらぬその木の枯葉の背景が、その紅ゐの花をひどく靜かなものに見せてゐる樣であつた。紅梅のめぐりには尚ほ四五本の白梅が半ば散りかけて立ち竝んでゐる。
お晝は目下伊豫の松山から來訪中で、近く此家の主人と結婚さるべき櫻井八重子孃の手料理であつた。障子をあけ放つには少々寒さのきびし過ぎる今日の日和であるだけに、温い酒の味は一層であつた。少し健康を害して暫く東京より歸郷中である主人公にはお構ひなく、私は殆んど手酌で手早く杯を重ねて行つた。