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TORENDIA

平凡

本文約80,000字 ・ 読了時間 約160分

あらすじ(AIが作成しました)

三十九歳の役人は、老いを感じる日常の中で、文士として過ごした過去の半生を振り返る。青年期に抱いた文学への情熱や、ある女性への思慕、そして父との死別を経て文学を離れ、平凡な生活へと至るまでの経緯を綴る。現実の重みと空想の乖離に葛藤しながら、文士という過去の肩書を捨て、家族を守るために平凡な社会人として生きる現在に至るまでの心境の変化を描く私小説的な作品。

二葉亭四迷

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一

私は今年三十九になる。人世五十が通相場なら、まだ今日明日穴へ入ろうとも思わぬが、しかし未来は長いようでも短いものだ。過去って了えば実に呆気ない。まだまだと云ってる中にいつしか此世の隙が明いて、もうおさらばという時節が来る。其時になって幾ら足掻いたって藻掻いたって追付かない。覚悟をするなら今の中だ。

いや、しかし私も老込んだ。三十九には老込みようがチト早過ぎるという人も有ろうが、気の持方は年よりも老けた方が好い。それだと無難だ。

如何して此様な老人じみた心持になったものか知らぬが、強ち苦労をして来た所為では有るまい。私位の苦労は誰でもしている。尤も苦労しても一向苦労に負げぬ何時迄も元気な人もある。或は苦労が上辷りをして心に浸みないように、何時迄も稚気の失せぬお坊さん質の人もあるが、大抵は皆私のように苦労に負げて、年よりは老込んで、意久地なく所帯染みて了い、役所の帰りに鮭を二切竹の皮に包んで提げて来る気になる、それが普通だと、まあ、思って自ら慰めている。

もう斯うなると前途が見え透く。もう如何様に藻掻たとて駄目だと思う。残念と思わぬではないが、思ったとて仕方がない。それよりは其隙で内職の賃訳の一枚も余計にして、もう、これ、冬が近いから、家内中に綿入れの一枚も引張らせる算段を為なければならぬ。

もう私は大した慾もない。どうか忰が中学を卒業する迄首尾よく役所を勤めて居たい、其迄に小金の少しも溜めて、いつ何時私に如何な事が有っても、妻子が路頭に迷わぬ程にして置きたいと思うだけだが、それが果して出来るものやら、出来ぬものやら、甚だ覚束ないので心細い……

が、考えると、昔は斯うではなかった。人並に血気は壮だったから、我より先に生れた者が、十年二十年世の塩を踏むと、百人が九十九人まで、皆じめじめと所帯染みて了うのを見て、意久地の無い奴等だ。そんな平凡な生活をする位なら、寧そ首でも縊って死ン了え、などと蔭では嘲けったものだったが、嘲けっている中に、自分もいつしか所帯染みて、人に嘲けられる身の上になって了った。

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