『尚書』の高等批評
本文約4,100字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
堯舜禹の事蹟を記した『尚書』を論じる。著者は堯を天、舜を人、禹を地に配したこれらの伝説が、天地人三才の思想に基づく創作であると指摘する。また、堯典の天文や禹貢の地理などの記載が、科学的な観測ではなく、易や陰陽五行説、あるいは西域から伝わった占星思想に拠るものであることを検証し、同書が歴史的事実を伝えていないことを論証する。
💰 この本を応援する(投げ銭)
東洋協會講演會に於いて、堯舜禹の實在的人物に非ざるべき卑見を述べてより已に三年、しかもこの大膽なる臆説は多くの儒家よりは一笑に附せられしが、林〔泰輔〕氏の篤學眞摯なる、前に『東洋哲學』に( 余は近時林氏の注意によりて之を知れるなり)、近く『東亞研究』に、高説を披瀝して教示せらるゝ所ありき。
茲に今林氏の好意に酬い、且その後の研究を述べて、儒家諸賢の批判を請はんと欲す。而して林氏の説に序を逐うて答ふるも、一法なるべけれど、堯舜禹の事蹟に關する大體論を敍し、支那古傳説を批判せば、林氏に答ふるに於いて敢へて敬意を失することなからん。こゝには便宜上後者によつて私見を述べんとするもの也。
先、堯典に見るにその事業は羲氏・和氏に命じて暦を分ちて民の便をはかり、その子を措いて孝道を以て聞えたる舜を田野に擧げて、之に位を讓れることのみ。而してその特異なる點は天文暦日に關するもの也。即ち天に關する分子なり。
次に舜典に徴するに、舜は下流社會の人、孝によりて遂に帝位を讓られしが、その事蹟たるや、制度、政治、巡狩、祭祀等、苟も人君が治民に關して成すべき一切の事業は殆どすべて舜の事蹟に附加せられ、且人道中最大なる孝道は、舜の特性として傳へらるゝを見る。即ち知る、舜の事蹟は人事に關するものを他にして求む可らざることを。
禹に至つては刻苦勉勵、大洪水を治し禹域を定めたるもの、これ地に關する事蹟なり。禹の事業の特性は地に關する點にあり。
これらの點より推さばこの傳説作者は、天地人三才の思想を背景にして、之を創作せるものなるべく、漢人殊に儒教が天子に望む所は公明正大、その間に一點の私を插むなからんことなれば、この理想を堯に托してその禪讓をつくり、人道の理想を舜に、勤勉の理想を禹に假托せるならんか。