春の心臓
本文約4,700字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
ジル湖の島で暮らす老いた魔術師は、永遠の命を得るという長年の悲願を成就させるため、弟子に命じて周囲を草花で飾らせる。不死の霊たちが歌うという奇跡の瞬間を待ち、老人は全ての金品を弟子に残して旅立つ準備を整える。やがて春の訪れとともに生命が躍動する黎明が訪れ、少年が室へ駆けつけると、老人は薔薇と百合を抱いたまま動かなくなっている。願いを叶えようとした師の姿に、少年はただ祈りの大切さを思う。
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一人の老人が瞑想に耽りながら、岩の多い岸に坐つてゐる。顔には鳥の脚のやうに肉がない。処はジル湖の大部を占める、榛の林に掩はれた、平な島の岸である、其傍には顔の赭い十七歳の少年が、蠅を追つて静な水の面をかすめる燕の群を見守りながら坐つてゐる。老人は古びた青天鵞絨を、少年は青い帽子に粗羅紗の上衣をきて、頸には青い珠の珠数をかけてゐる。二人のうしろには、半ば木の間にかくれた、小さな修道院がある。女王に党した涜神な人たちが、此僧院を一炬に附したのは、遠い昔の事である。今は此少年が再び燈心草の屋根を葺いて、老人の残年を安らかにすごすべきたよりとした。僧院の周囲にある庭園には、少年の鋤の入らなかつた為であらう。僧人の植ゑのこした百合と薔薇とが、一面にひろがつて、今では四方から此廃園を侵して来る羊歯と一つになりながら、百合も薔薇も入り交つて、うつくしく咲いてゐるのである。百合と薔薇との彼方には、爪立つて歩む子供の姿さへ隠れんばかりに、羊歯が深く茂つてゐる。羊歯を越えると榛と小さなの木の林になる。
少年が云ふ、「御師匠様、此長い間の断食と、日が暮れてから秦皮樹の杖で、山の中や、榛ととの中に住む物を御招きになる戒行とは、あなたの御力には及ばない事でござります。暫くそのやうな勤行はおやめになさいまし。何故と申しますと、あなたの御手は何時よりも重く、私の肩にかかつて居りますし、あなたのおみ足は何時もより確でないやうでございます。人の話すのを聞きますと、あなたは鷲よりも年をとつてゐらつしやると申すではございませんか。それでもあなたは、老年にはつきものになつて居る休息と云ふものを、お求めなさらないのでございます。」
少年は熱心に情に激したやうに云ふ。恰も其心を瞬刻の言と思とにこめたやうに云ふのである。老人は遅々として迫らぬ如く答へる。恰も其心を遠き日と遠き行とに奪はれた如く答へるのである。