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第一章

県庁所在地のNNという市の或る旅館の門へ、弾機つきのかなり綺麗な小型の半蓋馬車が乗りこんで来た。それは退職の陸軍中佐か二等大尉、乃至は百人ぐらいの農奴を持っている地主といった、まあ一口に言えば、中流どころの紳士と呼ばれるような独身者がよく乗りまわしている型の馬車で。それには紳士がひとり乗っていたが、それは別に好男子でもないかわりに醜男でもなく、肥りすぎてもいなければ痩せすぎてもいず、また年配も、老けているとはいえないが、さりとてあまり若い方でもなかった。この紳士が乗りこんで来たからとて、市には何の騒ぎも起こらねば、別に変った出来ごとも持ちあがらなかった。ただ僅かに、旅館の向い側にある居酒屋の入口に立っていた露助の百姓が二人、ぼそぼそと蔭口をきいただけで、それも、乗っている紳士のことよりも、馬車の方が問題になったのである。『おい、どうだい、』と、一人がもう一人の方に向って言った。『大した車でねえか! ひょっと、あの車でモスクワまで行くとしたら、行きつけるだか、行きつけねえだか、さあ、お前どう思う?』――『行きつけるともさ。』と、相手が答えた。――『だが、カザンまであ、行かれめえと思うだが?』――『うん、カザンまであ、行かれねえだよ。』と、また相手が答えた。これでその話にも鳧がついてしまったのである。あ、それからまだ、馬車が旅館の間近までやって来た時、一人の若い男と擦れ違った。その男は、おそろしく細くて短かい綾織木綿の白ズボンをはいて、なかなか凝った燕尾服を著ていたが、下からは、青銅のピストル型の飾りのついたトゥーラ製の留針を挿したシャツの胸当が覗いていた。この若い男は振り返って馬車を一目ながめたが、風で吹っ飛ばされそうになった無縁帽を片手でおさえると、そのまま志す方へすたすたと歩きだした。

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