TRENDIA CLASSIC

静物

十一谷義三郎

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家を持つて間のない道助夫妻が何かしら退屈を感じ出して、小犬でも飼つて見たらなどと考へてる頃だつた、遠野がお祝ひにと云つて喙の紅い小鳥を使ひの者に持たせて寄来してくれた。道助はその籠を縁先に吊しながら、此の友人のことをまだ一度も妻に話してなかつたのを思ひ出した。

「古くからの親友なんだ、好い人だよ。」と彼は妻に云つた。

「では一度お招びしたらどう。」と彼女が答へた。道助はすぐに同意した。彼女はその折りに食卓に並べる珈琲茶碗や小皿のことなどに就て細々と彼に相談し初めた。

二三日して彼は郊外にある遠野の画室を訪ねた。明るい光線の満ちた部屋の中に、いつの間に成されたのか新しい制作が幾つも並べられてゐた。それを見てゐると道助は急に自分の影が薄れて行くやうな苛だたしさを覚えた。

「君、これは光線の具合だらうか、」と遠野が這入つて来るなり彼の顔を凝視して云つた、「どうも君の顔が変つたやうな気がする。」そして彼は画室の隅に立てかけてある、八分通り出来上つた道助の肖像画の方へ振り返つた。

「どうしてだらう、あれを描いて呉れてた時分からまだ半月も経たないよ、」と道助が微笑みながら答へた。すると遠野は急に道助の肩を揺すつて

「あゝ君は幸福過ぎるんだ。」と叫んだ。

「君は大変な人相屋だ。」と道助は皮肉な気持ちで答へた。遠野は故意とお道化た風に点頭きつゝ棚から口の短いキュラソウの壺を取り下ろした、そしてそれを道助の洋盃へ酌ぎながら

「兎も角君も落ちついたと云ふものだ。」と云つた。それは、その頃まで道助の周囲を取り捲いてゐた空気の明暗をよく呑込んだ言葉だつた。然しそれを聞くと、道助は却つて自分の気持ちが妙に硬ばるのを感じた。で彼は窓の外へ眼をやつた。

「何か感想がありさうなものだな、」と遠野は笑ひながら云つた。

「話さうと思へば無くもないさ、然しそんなことは馬鹿げてる。」と道助は呟くやうに答へた。

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