私の小売商道
本文約160,100字 ・ 読了時間 約321分
あらすじ(AIが作成しました)
明治時代に東京でパン店を開業した著者が、自身の商売に対する姿勢や経営理念を綴る。独立自尊の精神を掲げ、商人も国家社会のために尽くす職業であると説き、立派な商品づくりと誠実な商売に邁進する姿勢を示す。また、店員を親のように導く育成方法や、利害得失を超えた商売の喜びについても言及し、理想を追求しながら利益を上げていくという自身の新商人道を提唱する。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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序
私は商業に何の経験もなくて一商店主となったものであります。従って既往幾百年の間に、商人がその経験から受け継いで来た商売の掛引その他については、何の知識をも持っていないのであります。さらに在来の商人が伝来の風習によってかえって商人道の真髄に遠ざかる憾みあることを感じ、むしろ素人を以て誇りとするものであります。
また欧米諸国の商売振りについても、これを会得する機会を持ちませんでした。
されば私のやり方は外国の模倣でないことはもちろん、全くの自己流でまた純然たる日本風を以て任ずるものであります。そういう意味で本書を公にすることも、商売の道を辿るものにとって、多少の参考になろうかと思うのでありますが、何分毎日の仕事に追われがちで、一貫した系統を立てる余裕がありません。折に触れ事に臨んで断片的に記述したものを集めて、一冊にまとめ上げたのでありますから、前後の順序等もととのっておらず、また時には重複したところもあり、甚だ不完全なものでありますけれど、その意を諒として愛読をたまわりますれば著者の本懐であります。
本書は以前、トウシン社より出版され、その後久しく絶版となっていました。その間に社会の情勢は激変し、今回高風館のもとめによって再版を計るに当り、現在の事情にあわない箇所もあります。しかし根本の考えにおいては何も変っておりません。併せて読者の諒察せられんことを願います。
昭和二十七年十月
著者識 [#改丁]
独立自尊の精神
私は明治三年の生れで、生れたところは日本アルプスの山麓の穂高という村です。早稲田大学の前身の東京専門学校に入って、政治学をやったが、二十三年学校を出ると、友人たちはたいてい官途についたものであった。しかし、私はどうしても俸給生活をするのが嫌で、というのは、俸給を貰って生活していたのでは、結局、俸給をくれるものに対して頭が上がらない。上長に対しては、正しいと思ったことも言えないことがあると思ったので、一時郷里に帰って養蚕業をやったりしたが、また上京して、明治三十四年、東京帝国大学前のパン店「中村屋」を譲り受けて、商売をはじめました。