TRENDIA CLASSIC

諏訪湖畔冬の生活

島木赤彦

1 / 5

富士火山脈が信濃に入つて、八ヶ岳となり、蓼科山となり、霧ヶ峰となり、その末端が大小の丘陵となつて諏訪湖へ落ちる。その傾斜の最も低い所に私の村落がある。傾斜地であるから、家々石垣を築き、僅かに地を平らして宅地とする。最高所の家は丘陵の上にあり、最底所の家は湖水に沿ひ、其の間の勾配に、百戸足らずの民家が散在してゐるのである。家は茅葺か板葺である。日用品小売店が今年まで二戸あつたが、最近三戸に殖えた。その他は皆純粋の農家である。

山から丘陵、丘陵から村落へとつづく木立が、多くは落葉樹であるから、冬に入ると、傾斜の全面が皆露はになつて、湖水から反射する夕日の光が、この村落を明く寒くする。寒さが追々に加はつて、十二月の末になると、湖水が全く結氷するのである。

湖水といふても、海面から二千五百尺の高所にあるのであるから、そろそろ筑波山あたりの高さに届くであらう。湖水よりも猶高い丘上の村落は厳冬の寒さが非常である。朝、戸外に出れば、鬚の凍るのは勿論であるが、時によると、上下睫毛の凍著を覚えることすらある。斯様な時は、顔の皮膚面に響き且つ裂くるが如き寒さを感ずる。

信濃南部の松本地方、諏訪地方、伊那木曾地方は、冬に入つて多く快晴がつづく。雪が少く、空気が乾いて、空に透明に過ぎるほどの碧さを湛へる。皮膚に響くが如き寒さを感ずるのは、空気が乾いてゐるためである。殊に、諏訪地方は、信濃の他の諸地方に比して更に高所にあるから、寒さの響き方がひどいのである。寒さを形容するに響くといふ如き詞を用ひ得るは、空気の乾燥する高地に限るであらう。南信濃、殊に私の住んでゐる諏訪地方などには、この詞が尤もよく当て嵌まるのである。

この頃になると、湖水の氷は、一尺から二尺近くの厚さに達することがある。それ程の寒さにあつても、人々は家の内に蟄して、炬燵に臀を暖めてゐることを許されない。昼は氷上に出て漁猟をする人々があり、夜は氷を截つて氷庫に運ぶ人々がある。氷庫といふのは、程近い町に建てられてある湖氷貯蔵の倉庫である。

島木赤彦の他の作品