鴎外の思い出
本文約126,900字 ・ 読了時間 約254分
あらすじ(AIが作成しました)
小金井喜美子が自身の長寿を振り返りつつ、兄である森鴎外の晩年や家族との暮らし、千住での幼少期の思い出を綴る。軍人として戦地に赴きながら文学活動にも邁進した過労の兄への敬慕と悲哀、父が丹精した植木の手入れや庭の小動物に親しんだ日々、そして鴎外が再婚した際の家庭内の静かな営みや祖母との確執を、八十代の老境に達した著者が淡々と回顧する。偉大な兄の背中を追った追憶と、家族のあり方を優しく描き出した随筆である。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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序にかえて
あやしくも重ねけるかなわがよはひ
八十四歳一瞬にして
これは今年の正月の私の誕生日に、子供たちが集った時に口ずさんだのです。
いつか思いの外に長命して、両親、兄弟、主人にも後れ、あたりに誰もいなくなったのは寂しいことですが、幸いに子供だけは四人とも無事でいますのを何よりと思っています。近親中で長生したのは主人の八十七、祖母の八十八でした。祖母は晩年には老耄して、私と母とを間違えるようでした。主人は確かで、至って安らかに終りました。この頃亡兄は結核であったといわれるようになりましたが、主人も歿後解剖の結果、結核だとせられました。解剖家は死後解剖するという契約なのです。医者でいる子供たちも、父は健康で長命して、老衰で終ったとばかり思っていましたら、執刀せられた博士たちは、人間は老衰だけで終るものではない、昔結核を患った痕跡もあるし、それが再発したのだといわれます。解剖して見た上でいわれるのですから、ほんとでしょう。つくづく人体というものを不思議に思います。
それにつけても、割合に早く終った兄は気の毒でした。何も長命が幸福ともいわれませんけれど、その一生に長命の人以上の仕事をせられたのですから。元来強健という体質ではなく、学生時代に肋膜炎を患ったこともありましたし、その作の「仮面」に拠れば、結核もせられたらしく、それから長年の間、戦闘員でこそなけれ、軍人として戦地に行き、蕃地にも渡り、停年までその職に堪えた上、文学上にもあれだけの仕事をされたのですから、確かに過労に違いありません。よくもなされたと驚くばかりですが、それにつけても、晩年にはもっと静養させたかったと、ただそれだけが残念です。晩年の頃に、たまたま尋ねますと、いろいろ心遣いをなさるので、それがお気の毒に思われてなるべく伺わず、伺っても長坐せぬようにと心懸けたのですから、その頃の動静はよく存じません。尋ねて帰宅してから、いつも主人と古い時代の頃の噂をしたことでした。