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TORENDIA

兄の帰朝

本文約3,700字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

明治二十一年、待望の帰朝を果たした兄を家族が歓喜して迎える。しかし直後、ドイツから兄を追って女性エリスが来日し、精養軒に滞在していることが判明する。兄の立場や家族の懸念を背景に、著者の夫である小金井が事態の収拾に奔走し、深夜まで交渉や相談を重ねる。十月、周囲の理解を得たエリスは納得して帰国することとなり、短い滞在を経て兄のもとを去る。本書は、兄とエリスの動向を傍らで見守り続けた家族の視点でその一部始終を回想する。

小金井喜美子

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🎧 兄の帰朝 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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兄が洋行から帰られたのは、明治二十一年九月八日のことでした。家内中が幾年かの間待暮してゐたのですから、その年も春が過ぎてからは、その噂ばかりしてゐました。少し前に帰朝された人に、「年寄達に様子を話して下さい」とお頼みでしたので、その方が訪ねて下すつて、親切にいろいろ話して下さいました。日常生活から、部屋の様子、器具の置場などまでして話して下さるので、どんなだらうか、あんなだらうかと想像をも加へて、果がありません。

「夜帰つて来て、幾階もある階段を昇るのに、長い蝋マッチに火を附けて持ちます。それが消える頃には部屋の前に著きます」と聞いた弟は、細長い棒を持つて来て、「これくらゐですか」などと尋ねます。

「いゝえ、そんなに長くはありません。箱をポケットに入れて、消えれば次のを擦ります。どこでも擦れば附きますから、五分マッチともいひます。」

さうした話を、何んでも珍しく聞くのでした。

祖母は夫が旅で終つた遠い昔を忘れないので、「旅に出た人は、その顔を見るまでは安心が出来ませんよ」といはれます。母は、「そんな縁起でもないことを仰しやつて」と、嫌な顔をなさいますが、心の中では一層心配してゐられるのです。親戚西氏の近親の林氏は人に知られた方でしたが、洋行された留守宅で、商人を呼寄せて何か拡げさせて興じてゐた最中に、不幸の電報が届いたとのことで、その話には誰も心を打たれました。ですから、「慎んで待受けねば」といふ気持が強いのでした。

かねて父の往診用の人力車はあつたのですが、兄の帰朝のためにとまた一台新調して、出入の車夫には新しい法被を作つて与へました。帰朝の日には新橋まで迎ひに出すといふ心組でした。

ところが兄は、同行の上官石黒氏を始め、その外にも連があつて、陸軍省から差廻しの馬車ですぐにお役所へ行かれましたので、出迎へは不用になりました。

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