TRENDIA CLASSIC

芸術と数学及び科学

三上義夫

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われらは今この表題を掲げて少しばかり見るところを説きたい。人あるいはいうであろう。数学ないし諸科学と芸術とは全く相反し、その相互の関係はかつて存するところはない。全然無関係なものであろうと。あるいはそうかもしれない。大体においては、そういう傾向もあるであろう。

現にわが国には美術界に竹内栖鳳等を初め多くの有力な巨匠があるが、これらの美術大家が数学なり、他の科学なりに通じているという事実はない。九条武子、柳原白蓮等の女流歌人にしても、同時に科学者ではない。普通に芸術家たると同時にまた数学者、科学者たる者を求めるならば、全然絶無ではあるまいけれども、おそらく絶無に近いであろう。

この種の関係から論ずるときは、数学、科学と芸術との間に直接の関係はないといってよい。これにはわれらも異論はない、何人といえどもすべて同感であろう。

事情かくのごとくなるにかかわらず、われらはあえてその関係を論題に掲ぐることをした。無謀といえば無謀であろう。いかに無謀であろうとも、われらはこれを明らかにしなければならぬ。われらは歴史的発展の上において、すこぶる密接な関係あるべきことを思う。これを了解して初めて溌溂たる意義の流れていることが見られるのである。これをもし[「しも」、あるいは「すら」]了解し得ないでは、歴史の流れの真の意義はつかみ得られぬのである。われらはあえてこの点に向かい論歩を進める。

〈一 和歌と俳句〉  わが国では江戸時代に多くの数学者が輩出した。多数の人物があるから、委細にこれを論ずるときは、種々雑多の分子が存したであろう。けれども江戸時代の算家について、芸術的の要素が多大に見られることはおおわれぬ。そのことについてはかつて「文化史上より見たる日本の数学」の篇中にも説き及ぶところがあった。

中につきて、著しく目につくのは、江戸時代の算家には和歌や俳句の嗜みがすこぶる行き渡っていたことである。今村知商の『因帰算歌』(一六四〇)のごとく歌によって算術を記そうという企ても早くから見えている。

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