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TORENDIA

学究漫録

本文約6,800字 ・ 読了時間 約14分

あらすじ(AIが作成しました)

苦や悪といった禍悪に対し、人間が取るべき態度を三つの類型に分類し、それらと宇宙観との関係を論じる。第一はあきらめによる受動的な服従、第二は義務感に基づく能動的な戦い、第三は美や意義を見出すことによる楽観的な包容である。筆者はこれら三種の態度が、機械論的あるいは目的論的な宇宙観とそれぞれどのように結びつくかを考察し、哲学的な知性と情性の働きという観点から、人類の思想における禍悪観の構造を明らかにする。

朝永三十郎

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🎧 学究漫録 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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是れは實驗の結果ではなくして、唯、學究的の觀察に過ぎぬのであります。

一 苦に對する三種の態度

苦を脱するために苦に對する我々の態度に大凡三種の別があるだらうと思はれます。第一は苦をあきらめるのである。第二は苦と健鬪するのである。第三は苦を樂觀するのである。

途中で不意に風雨に遭ふ。傘はなし。雨宿りすべき家もない。立寄るべき樹陰もない。かういふ場合に、先づ、切りに愚痴をこぼして、恨んで甲斐もない天を恨むなどは到底苦を脱する所以ではないのであるが、其外に、一旦は、これは困つたことになつたと思ひながら、又忽ちに思かへして、まあまあり合せが惡るかつたのだから仕方がないといふ風にあきらめて、濡れながらぽつぽつ歩くといふのは第一に屬するものであります。併しながら、我々は又、時としては、殊更に困難と健鬪して見たいといふ樣な氣を起して、履物でも脱いで、尻でも高く端折つて、強て風雨を衝て駈出して大に痛快を覺ゆるといふ樣なこともある、是れは第二に屬するのであります。又、在り合せの蓮の葉でもちぎつて頭にかぶり、自ら畫中、詩中の人となつて、是れも風流だといふ風に、苦の根本たる風雨を美化し、樂觀するのは第三に屬するのでありませう。

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