TRENDIA CLASSIC

黒猫

田山録弥

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この作は非常に面白い。しかし何故面白いのか。何故かう心を惹くのか。さう思つて考へて見ても、何うしてもその理由がわからないやうな場合がよくある。例の芭蕉の『昼見れば首筋赤きほたるかな』などもその一つである。非常に面白いけれど、その面白い理由が、説明しようとしても容易に出来ない。(不思議なもんだなア、芸術は?)かう私は思はずにはゐられなかつた。

『かへつて、説明出来ないやうな芸術の方が、本当なんぢやないんでせうか。すぐ見透かされないやうなのが好いんぢやないんでせうか』

かうある人は私に言つた。

『さア、さうはつきり言つて了つて好いか何うかわかりませんけれど――』

かう言つて私は深く考へて見た。実際、さうばかりは言へない。説明の出来るものにすぐれた芸術はないことはない。決してないことはない。それからまた、一方から考へて見ると、時の力がその作を平凡にして了ふものもある。また、その反対に、いつまで経つても、新しく Moderne であるものもある。そしてその理由を考へる段になると、いつも大抵はわからなくなつて了ふ。今更不思議なのは芸術だ……。

知識の進んで行くことを芸術は要求する。あらゆるものを知ることを、あらゆるものに触れることを、またあらゆるものを理解することを芸術は我々に要求する。しかもその要求通りに知識が進み理解が出来て来ると、いつの間にか、その芸術はもう此処は俺のゐる場所ではないと言つて、さつさと遁げ出して行つて了ふ。何うして好いかわからないのが芸術である。何うしたら、本当に芸術が掴めるのかわからない……。

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