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TORENDIA

早春

本文約2,200字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

風邪をひき床に伏せる著者が、『蜻蛉日記』を読み返し、そこに綴られた作者の心境や当時の京都の街並み、旅路の様子について論じる。著者は本作を現代の心境小説にも通じる人間心理の深淵や、細やかな生活描写が息づく傑作として評価する。日記に描かれた鳴滝への参籠や、愛憎に揺れ動く女性の姿に強い共感を覚え、時代を超えても変わらぬ人間の本質的な心情や、古都の情景を鮮明に描き出す同書の価値を再発見する。

田山録弥

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🎧 早春 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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風邪を惹いた床の中で『蜻蛉日記』を読む。学生時代にもよくひつくり返したものだが、今になつて読むと、いろいろなことがはつきりとわかつて面白い。何の事はない、それはその時分の心境小説だ。やれ源氏、やれ枕の草紙と言つて、普通はそれ以外に何もないやうに言つてゐるが、かういふ心境小説が、しかも時の大臣の思ひものの書いた心境小説が残つてゐるとはいかにしても不思議だ。私はそこからいろいろなものを捜し出した。

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私はそこから一番先にやさしい女の心を、今と少しも変つてゐない女の心を捜し出した。貞淑な心を捜し出した。男は相変らず箒で女はいつも貞淑であることを、またその女の貞淑は半分以上子供のために捲き起されたものであることを捜し出した。つゞいて私は今の文壇にある心境小説よりも一層深く細かく突込んで書いてあることを、ロオカルであることを、大臣の思ひものであつても、決してまけてはゐずに、男の我儘を十分に懲らしめてゐることを、勝手に振舞つてゐることを、決して奴隷のやうになつてゐないことを捜し出した。私は愉快だつた、私は女がその恋の苦しさに堪へずに、をりをり家を出て、山寺に参籠するあたりの条を読んで、恋するもののつらさに深く同感した。男と女の違ひこそあれユイスマンスの『途上』をそのまゝそこに見出したやうな心持さへした。

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矢張好いものは残るな! と私は思つた。本当のものといふことを私はよく口にするが、つまりこれだな! と思つた。心境小説が好いとか、本格小説でなくてはいけないとか言つて議論するがものはない。本当でさへあれば好いのだ。止むに止まれず書いたものでさへあれば好いのだ。

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