TRENDIA CLASSIC

石窟

田山録弥

1 / 4

そこに来た時には、二人は思はずはつとした。大きなものに――何とも言はれない大きなものに打突かつたやうな気がした。かれ等はかうしたものが此の山の中にあらうとは思はなかつた。

「む、む――」

暫くしてから洋画家のAは唸るやうな声を出した。

「大したもんだな――何んとも言はれんな――」

ひとりは小説家でMと言はれてゐた。

二人はまた押黙つた。その感動を言ひあらはすための総ての言葉を失つて了つたといふやうに、または何も彼もすつかりそれに奪はれて了つたといふやうに。Aはヘルメツト帽を傾け、Mは麦稈帽子を手にしたまゝ、じつとその石刻の仏像に対して立つた。石窟の内はしんとして、外から入つて来た午前の光線が微かにその周囲を取巻いてゐる浮彫になつてゐる無数の仏像を照した。千二三百年を経過した塵埃のにほひが静かに鼻を撲つた。

二人は体が引緊められるやうな気がした。かれ等は昨日この古い歴史を持つた土地に来て、久しい間そのまゝに残つてゐる池や、城址や、寺の塔や、帝王の陵や、日本では今日は容易に見ることの出来なくなつてゐる亀趺首や、大きな鐘などを見て、過ぎ去つた長い人生の上に忽に現はれてそしてまた忽に過ぎ去つた人達のことを思つて、その空気やら感じやらに深く捉えられて、現に昨夜もよくは眠られないくらゐであつたが、今はさうした感傷的な心持どころではなく、全く何か大きなものに圧倒的に支配されて了つたやうな感じがした。石刻の仏像は、しかも何も知らぬやうに、何者が来てそれと相対しやうが対すまいが、感動しやうが感動しまいが、そんなことには頓着ないといふやうに、寂としてそこに立つてゐるのであつた。

田山録弥の他の作品