TRENDIA CLASSIC

時子

田山録弥

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Bはやつとひとりになつた。時計を見ると、もう十時である。ホテルの室の中には、いろ/\なものが散ばつて、かなりに明るい電気が卓の上に、椅子の上に、またその向うにある白いベツトの上に一杯にその光線を漲らしてゐる。今まで間断なしに客が出入して、低い声音だの、高い哄笑だの、面白さうな笑声などがその一室に巴渦を巻いてゐたが――疲れ果てたやうな、早くさういふ人達から自由になりたいといふやうな、やゝ蒼白いBの顔がくつきりとその明るい光線の中に浮び出して居たが、本社からつけられた随員であり案内者であるSが、「しかし、もう、お疲れでせう。何しろ、昨夜も夜行で碌にお休みにはなれないところに、すぐつゞいてこの客ですから――もうお休みになる方が好いでせう」と言つて、まだ話したさうにしてゐた二三人の客を伴れて起ち上つた時には、Bは始めてほつとした。Bは思はず溜息をついた。

Sは暇を告げながら、

「それでは明日はゆつくり上つて好いですね? 僕はちよつと私用もありますししますから」

「え、何うぞ――」

「先生も静かにお休みなさい。東京の奥さんの夢でも御覧なさい……」

「難有う……」Bはわざと外国風にSの手を握つて、「それよりも、君の私用も何んな私用だかあやしいもんだね。うまい私用ではないかね?」

「そんなことはありません。いくら僕がハルピンが好きでも、さういふものはありませんよ。矢張、先生と同じですよ。東京の郊外に置いて来た嚊の夢でも見るだけですよ」

「何うだかわからんね? でなくつては、いくら好きでもハルピンに年に三四度もやつて来る筈はないよ」

「まア、その辺のところは先生の想像に任せますよ」Sはもう外に出てゐる二三人の客をあとから急いで追ふやうにして、「ではお休みなさいまし」

「さやうなら――」

扉は外からしめられて、把手の手のぐるりと廻る気勢がしたが、廊下を伝つて階段の方へと下りて行く跫声が暫しの間きこえて、そしてあとはしんとなつた。Bはまた溜息をついた。

かれはあたりを見廻すやうにした。やつとその時が来た! やつとその時がやつて来た! かれはかう心の中に囁いた。体がわく/\した。

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