TRENDIA CLASSIC

花二三ヶ所

田山録弥

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花の咲きはじめるのを待つのも好いものだが、青葉になつてから、静かに上野の山あたりを歩くのもわるくない。桜の開落は少しあつけないが、その頃になると、椿だの、木瓜だの、山吹だの、躑躅だの、段々に咲いて行くので、二十四番の春を一つ一つ楽しんで行くことが出来るやうな気がした。

『春雨にやつれしさまを見せじとや晴るればやがて花のちるらん』これは松波遊山翁の歌だが、花の盛にはいつでもそれを思ひ出す。やや感傷癖に過ぎるやうではあるが、咲きそろつた花に雨がしめやかに降つたりすると、さういふ気がする。それに、四月の末頃には時ならぬ凄じい雷雨がよくあるのである。『夜もすがら寝られざりけりこの雨に今年の花も散るかと思へば』私はある時さういふ歌を詠んだ。

『都をば春にわかれて来しかどもおく山桜いまだにほはず』伊香保とか、那須とか、日光とかいふ山の中に残桜を尋ねる心持もまた忘れ難い。都会は既に青葉である。日影が美しくかがやいてゐる。それであるのに、奥山はまだ雪が深く、花どころか、温泉場が一軒二軒やつと扉をあけたくらゐのものである。那須あたりは、五月の初めに行つても、まだ綿入が欲しいくらゐだ。

京都は何処に行つても花があるが、私の忘れられないのは、矢張大原の奥から鞍馬あたりを彷徨した時である。

『大原や蝶も出て舞ふおぼろ月』実際、あそこいらの感じはその一句に尽きてゐると言つて好い。寂光院や、三千院や、後白河法皇が鞍馬でも落附けずにあの薬王坂を越して、大原から横川に落ちて行かれたことなどが、自然を地に刺繍でもされたやうにあたりに残つてゐるのは何とも言はれない。

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