アンナ、パブロオナ
本文約6,200字 ・ 読了時間 約13分
あらすじ(AIが作成しました)
ハルピンのホテルで密会したBと時子は、互いの愛を確かめ合い、二人の関係を深める。Bには、友人の頼みでハルピン郊外に住むロシア人女性アンナ・パブロオナを訪ねるというもう一つの目的があった。時子もまた、身につまされる思いからアンナに興味を抱き、Bに同行を請う。二人は馬車と舟で郊外へ向かい、アンナの住まいを探し当てる。貧しい暮らしを送るアンナは、日本に残した友人の写真と十字架を大切に飾っており、B達の訪問を喜び迎える。
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一
「そんなにして遊んでゐて好いのかね?」
「大丈夫よ」
Bは笑つて、「旦那に見られては困るんぢやないか?」
「そんなこと心配ないの……見つかつて、いやだつて言つたら、よして了ふばかりですもの」
飽きも飽かれもせずに別れた時子とハルピンのホテルでさうした一夜を送らうとはBは思ひもかけなかつた。それはそこにゐるのは聞いて知つてゐた。大連で女から手紙も受取るには受取つた。しかもかういふ風に自由に、簡単に逢ふことが出来るとはBも思つてゐなかつた。せめて顔だけでも見られゝば満足であると思つて居た。であるのに、昨夜電話をかけると女はすぐやつて来て、それからの恋心の復活、何処にもさうした自由な歓楽はあり得まいと思はれるほどの恋のエクスタシイ――今朝目覚めた時には二人は顔を見合せずには居られなかつたことを、Bは繰返した。
「でもあとで困るといけないよ」
「心配なさらなくつて好いのよ……。それよりも、私、東京に帰りたくなつちやつた!」
「馬鹿な!」
Bは笑つて見せた。
「伴れてつて下さい! ね? ね?」
とても出来ないのをちやんと承知してゐて、しかもわざと甘へるやうに時子は言つた。時子はベツドの傍にある洗面所で顔を洗つて髪を梳いて、白粉をさつと刷毛で刷いて綺麗になつてゐた。
「……………………」
「駄目?」
男の顔をじつと見て、
「どうしてかう人間と云ふものは思ひのまゝにならないものなんでせうね!」
「…………」
「だつて、さうぢやないの? こんなに思合つてゐるものが何故一緒になれずに、こんなに遠く離れて暮さなけりやならないの? それがこの世の義理?」
「…………」
「男ツてのんきね。何とも思つてゐないんですものね?」
「…………」
「ね? 伴れて行つて下さい!」