TRENDIA CLASSIC

あちこちの渓谷

田山録弥

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私は渓谷がすきで、よくあちこちに出かけた。時にはまだ世間にその名を知られてゐない渓谷を探して、それを一つ一つ書いて見たいと思つたこともある。中年に脚気を病んで、心臓をわるくして、登山が出来なくなつた身には、さういふ形ででも山に親しみたいと思つたのである。此処には少しそのことを書いて見ようと思ふ。

木曾谷などは今では汽車から覗いて行くことが出来るやうになつたが、私達の青年時代の眼に映つたその谷は、決して今のやうなものではなかつたやうである。水力電気といふものが発達してから、何処の渓谷も皆わるくなつたが、この谷などは中でもひどく壊されてしまつたやうに思ふ。第一水が乏しい。石ばかりごろごろしてゐる。棧橋あたりはことに惨めである。数年前に、冬そこを通つてつくづく情なかつたことを思ひ起す。日光の大谷の渓谷などでも、神橋の上流の下河原あたりはことにその感が深い。含満ヶ淵などはとても昔の趣がない。

渓谷としては、塩原の箒川の谷はかなりに私の心を引く。それもあの回顧橋から福渡戸あたりまでである。つまり渓谷が深く覗かれる中だけである。新緑のころがことに美しい。大谷の渓谷では深沢あたりが一番すぐれてゐる。あそこですぐ山道につくのも、絵巻物の一景としては変化があつていゝけれども、もつと渓につゞいてあの方をたどつて行きたいやうに思ふ。華厳の下あたりまでその路を開いたら、更に新らしいすぐれた渓谷が展開されて来はしないか。

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