TORENDIA
浮浪学生の話
マルセル・シュヲブ Marcel Schwob
TORENDIA
浮浪学生の話
本文約1,500字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
寄辺ない浮浪学生である語り手は、日々の糧を乞い歩く中、十字架を背負い耶路撒冷を目指す無知な幼児たちの行列を目撃する。自らの信仰を語り、聖約翰に帰依するこの青年は、酒や誘惑に負ける不確かな生を送りながらも、路上の子供たちを見守り、彼らの安全を神に祈る。本作は、漂泊する学徒の独白を通じて、神聖なものが身近な場所や貧しい言葉の中に宿るという宗教的な瞑想を綴る。
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🎧 浮浪学生の話 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう
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抑われは寄辺ない浮浪学生、御主の御名によりて、森に大路に、日々の糧を乞ひ歩く難渋の学徒である。おのれ今、忝くも尊い光景を観、幼児の言葉を聞いた。われは己が生涯のあまり清くない事を心得てゐる、路の傍の菩提樹下に誘惑に負けた事も知つてゐる。偶われに酒を呑ませる会友たちの、よく承知してゐる如く、さういふ物は滅多に咽喉を通らない。然しわれは人を傷け害ふ党とは違ふ。幼児の眼を剞り抜き、足を断ち、手を縛つて、これを曝物に、憐愍を乞ふ悪人どもが世間にある。さればこそ今この幼児等を観て、心配いたすのだ。いや勿論、これには御主の擁護もあらうて。自分の言ふことは、兎角出放題になる、胸一杯に悦があるので、いつも口から出まかせを饒舌る。春が来たといつては莞爾、何か観たといつては莞爾、元来があまり確りした頭でないのだ。十歳の時、髪剃を頂いたが、羅甸の御経はきれいに失念して了つた。わが身はちやうど蝗虫のやうだ、こゝよ、かしこよと跳回る、唸つて歩く、また或時は色入の翅を拡げて、小さな頸の透きとほつて、空な処をみせもする。伝へ聞く聖約翰は荒野の蝗虫を食にされたとか、それなら余程食べずばなるまい。尤も約翰様と吾々風情とは人柄が違ふ。