一
或る年の、四月半ばの或る晴れた日、地主宇沢家の邸裏の畑地へ二十人ばかりの人足が入りこんで、お喋舌をしたり鼻唄を唄つたりして賑かに立働いてゐた。或る者は鋤を持つて溝を掘り、或る者はそこから掘上げられた土を運んで、地続きになつてゐる凹みの水溜を埋めてゐ、また或る者は鍬の刃を時々キラキラと太陽の光に照返へらせながら去年の畝を犂返してゐた。
漸く雪解がすんだばかりなので、ところどころでちよろ/\小流が出来てゐた。掘返へしても掘返へしても、かなり下の方まで土がぢく/\濡れてゐた。それで、人足たちの手も足も、着てゐる仕事着も、頬かぶりにした手拭まで――身体ぢゆう泥だらけになつてゐた。
方々で、泥の飛ぶ音や水のはねつ返へる音がしてゐた。
「やりきれやしないや。」と、誰やらがこぼしてゐる。
「ほ、滑つて、歩かれやしない!」と、どこかで、他の男が怒鳴つてゐる。
と、こちらの、邸境になつてゐる杉林に沿つたところを犂返へしてゐる一人の中年の男が、それに答へるやうに、何かで酷く咽喉を害られてゐる皺嗄声で、「何だつてまだ耕作には時節が早過ぎるわ。」と嘯いた。「地面の奴、寝込みをあんまり早く叩き起されたんで機嫌を悪くしてゐやがるんだよ。」
「さうよ、土がまだ妙に冷たいもんな。」と、それと並んで同じ労働をしてゐる同じ年格好の、もう一人の男が云つた。そして、どこか不平を洩らすやうな調子で訊ねた。「だが、此地で一体何がおつぱじまるんだね?」
「林檎林が出来るんだとよ。」と、皺嗄声の男が、これも何やら気に入らなさ相な口調で答へた。
「へえ、林檎林が出来るか。だが、この界隈ぢや昔から林檎つてことは聞かないな、俺等の地方にや適かないんぢやないかね。なあにさ、そりや、どうせ旦那衆の道楽だから何だつて構はないやうなもののな。」
「ほんとによ。林檎がこの土地に適かうが適くまいが、そんなこと俺等に何の関係もないこつたが、その為めに、俺等が永年作り込んだ地面を、なんぼ自分の所有だといつて、さうぽん/\と無造作に取上げられたんぢや、全くやりきれやしない。」