TRENDIA CLASSIC

死の床

島崎藤村

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「柿田さん、なんでもかんでも貴方に被入しつて頂くやうに、私が行つて院長さんに御願ひして来て進げる――左様言つて、引受けて来たんですよ。」

流行の服装をした女の裁縫師が、あの私立病院の応接間で、日頃好きな看護婦の手を執らないばかりにして言つた。

柿田は若い看護婦らしい手を揉み乍ら、

「多分行かれませう。丁度今、私も手が空いたばかし……先刻貴方から電話を掛けて下すつた時院長さんにも伺つて見たんです。病院の規則としては御断りするんだけれど、まあ他の方でないからツて、院長さんも左様仰るんですよ。」

「左様して下さいな。貴方のやうな方に来て頂くと、奈様に病人も喜ぶか知れません。」

「大変ですね……何ですか私でなけりや成らないやうですね。」

「いえ、是非貴方に御願ひして来て呉れろツて、病人も頼むんです。それでわざ/\参上つたんです。私が貴方をよく知つてることを病人に話したもんですから……私は柿田さんが大好きツて……。」

二人の女は応接間の腰掛に腰掛けながら、互に快活な声で笑つた。

裁縫師の調子は、病人が頼みたいと言ふよりは、自分が頼みたい、と聞えた。それほど斯の女は柿田を贔負にして居た。

院長にも柿田を借りることを頼んで置いて、裁縫師は帰つて行つた。

その翌日から、柿田は裁縫師の極く懇意なといふ家へ行つて、寝て居る内儀さんの傍で、看護することに成つた。柿田が一目見た時の内儀さんは、頬骨の尖つた、顔色の蒼ざめた、最早助かりさうも無い病人で有つた。でも気は極く確かで、寝ながら種々なことに注意して、人に嫌がられまいとする様子さへ見えた。

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