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TORENDIA

伊香保土産

本文約3,500字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

入梅の季節、六月の伊香保を訪れた著者が、保養の旅の様子を綴る。山中腹の静かな環境で、持参した日記を読み返しつつ、往時の湯治客を想う。また、小鳥の声や山あいの自然に自身の郷里である木曾の面影を見出し、土地の清水や温泉がもたらす恩恵、そして古くからの湯宿に残る質朴な情緒について論じる。滞在中の食事や土地の人々とのふれあいを含め、温泉地での穏やかなひとときを記録した随筆である。

島崎藤村

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🎧 伊香保土産 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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にはかに思ひ立つて伊香保まで出掛けた。日頃わたしは避暑の旅に出たこともなく、夏は殆んど東京の町中に暮してゐるが、そのかはり春蚕、秋蚕の後の骨休めを心掛ける農家の人達のやうに、自分の仕事の合間を見てはちよい/\小さな旅に出掛ける。わたしの足はよく湘南地方へ向く。湯河原あたりへはよく二三日の保養に出掛けて、あの温泉地で長い仕事の疲れを忘れて来る。これは僅かの時間で気軽に行き得るためでもある。ことしの六月、入梅の頃は、すこし山の方へ向きを変へた。それにわたしに取つては伊香保は初めてゞもあつた。

野外は麦の熟する頃で、ところ/″\に濃く青く密集して生長した苗代のあざやかなのも眼についたが、上野駅から高崎まで二時間半ばかりの平野の汽車旅はかなり単調な感じがする。その単調から救はれるのは、次第に近く山容をあらはして来る榛名、妙義、赤城なぞの山々の眺めである。いつ汽車で通つても、あの利根川の流域から上州の山々を望み見る感じは新鮮で、そして深い。あれは東海道辺から足柄連山を望むともちがつて、また別の趣がある。曾て七年の月日を小諸の山の上に送つたことのあるわたしが、東京への往き還りに、あの上州の山々を汽車の窗から望んだことも忘れがたい。

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