……………………………………………………………………………………………………………………………………………私は今、ある試みを思ひ立つて居る。もし斯の仕事が思ふやうに捗取つたら、いづれそれを持つて山を下りようと思ふ。けれども斯のことは未だ誰にも言はずにある。
今日まで私は酷だ都合の好いことを考へて居た。自分の目的は目的として置いて、衣食の道は別にするやうな方針を取つて来た。それが自分の目的に一番適つたことだと信じて来た。しかし私は斯の考への間違つて居ることを悟つた。私の教員生活も久しいものだ。斯様な風にしてずる/\に暮して行く月日には全く果しが無い。私は今日までの中途半端な生活を根から覆して、遠からず新規なものを始めたいと思ふ。私は他人に依つて衣食する腰掛の人間でなくて、自ら額に汗する労働者でなければ成らない。
東京の友人が戦地へ赴く前に寄した別離の手紙は私の心に強い刺戟を与へた。私も一度は従軍記者として出掛けたいといふ希望を起したが、斯ういふ田舎に居てその機会を捉へることは、所詮不可能だとあきらめた。私には私の気質に適つたことが有る。私は今度の戦争の中で、自分の思ひ立つた仕事を急がなければ成らない。
私の写実的傾向が産み出した最初の産物は先づ発売禁止に成つた。こゝの分署の巡査が町々の書店を廻つてあの雑誌を押収して行つた。その時の光景は忘れることが出来ない。しかし、それらの打撃も、私が斯の狭い噂好きな地方で風俗壊乱の人として見られたといふことも、言はゞ一時的のものに過ぎなかつた。唯、私は人の知らないことで、未だに心を苦めて居ることが有る。あの雑誌が発売禁止に成ると間もなく、ある日、桜井先生の奥さんが私に向つて、「――貴方は私共の家のことを御書きに成つたさうぢや有りませんか。」と言つた時は、私はぎよツとした。私は先生の先の奥さんの若い生活のある一部のさまを拝借したことを白状する前に、あの作物がいかに先生夫婦の心を傷けたかといふことを思つて見た。