村住居の秋
本文約3,100字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
沼津の地へ移住した作者は、家の前を流れる小川のほとりでの家族との交流や、季節の移ろいとともに変化する風景を綴る。秋には洗場に曼珠沙華や野菊が咲き、やがて冬の訪れとともに富士山が頂から白く染まる。門前の土橋から愛鷹山や雪を頂いた富士を仰ぎ、新しく建て直された沼津の町の遠望を眺める日々を通じて、その土地の自然や生活の情景を穏やかな視点で描写する。
💰 この本を応援する(投げ銭)
小さな流
この沼津の地に移住を企てゝ初めて私がこの家を見に来た時、その時は村の旧家でいま村医などを勤めてゐる或る老人と、その息子さんと、この家の差配をしてゐる年寄の百姓との四人連で、その老医の息子さんが私たちの結んでゐる歌の社中の一人であるところから斯んな借家の世話などを頼むことになつたのであつたが、先づ私の眼のついたのは門の前を流れてゐる小さな流であつた。附近を流るる狩野川から引いた灌漑用の堀らしいものではあるが、それでも水量はかなり豊かで、うす濁りに濁りながら瀬をなして流れてゐた。
『今日は雨の後で濁つてますが、平常はよく澄んでるのですよ。』
と、早稲田の文科の生徒でその頃暑中休暇で村に帰つてゐたその息子さんは、同じくその流に見入りながら私に言つた。
いよ/\家族を連れて東京から移つて来て見ると家が古いだけにあちこちと諸所造作を直さねばならぬところがあつた。井戸の喞筒などもその一つであつた。完全に直すとすると十八円ばかり出さねばならなかつた。その時その余裕が私に無く、差配一人でも出し渋つた。そしてほんの当座の修繕をしておく事にして、差配は私と妻とを連れて勝手口から小さな畠の畔を通りながら桜や柳の植ゑ込んである一ならびの木立の下まで来て、
『なアに、これがありますからあちらはほんの飲み水だけで沢山ですよ、何や彼やの洗物はみな此処でなさいまし。』
と言つた。
其処には特に目にたつ大きな枝垂柳が一本あつて、その蔭の石段をとろ/\と降りて例の流に臨んだ洗場がこさへてあつた。