一
「親分、良い陽氣ですね」
ガラツ八の八五郎が、鼻の頭から襟へかけての汗を、肩に掛けた手拭の端つこで拭きながら、枝折戸を足で開けて、ノツソリと日南に立ちはだかるのでした。
「陽氣の良いのはオレのせゐぢやないよ、頼むから少し退いてくれ。草花の芽が一パイに天道樣に温ためられてゐるんだ」
平次は縁側に並べた小鉢の前から、忌々しく八五郎を追ひやるのです。
「へツ、宜い氣なもんだ、結構な御用聞が、三文植木なんかに凝つて――」
「何んだと、八、何んか言つたやうだな」
「何、此方のことで、――良い陽氣で、江戸の町は一ぺんに花が咲いたやうですよ、少し外へ出て見ませんか。春ともなれば、斯う不思議に人間の雌が綺麗になる」
「何を言やがる、『春ともなれば』も氣障だが、『人間の雌』は聽き捨てにならねえ臺詞だ」
「全くその通りだから嬉しくなるでせう。人間の雄は暮も正月も大した變りは無いが、雌の方は、新造も年増も三割方綺麗になるから不思議ぢやありませんか。親分の三文植木だつて、花も咲くわけで――」
「呆れて物が言へねえよ、何時までも其處に突つ立つて、憎い口を叩いて居ると、頭から汲み置きの水をブツかけるよ」
「そいつは御免を蒙りませう。逆上のさがるのは有難いが、その代り一張羅は代無しだ、それより少し歩きませうよ、親分。甲羅を干し乍ら、新造を眺めたり、鰻の匂ひを嗅いだり、犬をからかつたり」
「いよ/\お前といふ人間は長生きをするやうに出來て居るよ、――ところで、何處へ俺を誘ひ出さうといふ魂膽なんだ」
平次はもう、八五郎の目論見を見拔いて居たのです。斯んな馬鹿なことを言ひ乍ら、兎角出不精になり勝の平次を誘ひ出して、繩張り外で叡智を働かせようといふのでせう。
「エライ、圖星ですよ、親分。新造も年増も、お天氣も鰻の匂ひも皆んな親分を誘ひ出す餌だ」
「俺とダボハゼと間違へてやがる」
「兎も角も出かけませうよ、良い陽氣で、新造で年増で、鰻でダボハゼでせう。こんな時家にばかり引つ込んで居ると、お尻に茸が生えて、女房が増長する――あツいけねえ、お靜姐さん默つてお勝手で聽いてるんですね、人が惡い」
「あれ、八さん」