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TORENDIA

悪人の娘

本文約13,300字 ・ 読了時間 約27分

あらすじ(AIが作成しました)

春の夜、厩橋で乞食姿の男に声をかけられた会社員の鳴海司郎は、これから現れる娘の身を案じて見守るよう依頼される。その後、娘が現れると男は姿を消し、鳴海は娘の後を追う。一方、多額の現金を隠し持つ犯罪者・権堂を追っていた捜査官は、娘の存在と権堂の動向を追いながら、不正な資金の回収と事件の解決に奔走する。悪党の父を持つ娘の気高い心掛けと、それを温かく見守る人々の姿を描く。

野村胡堂

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一

「お願いで御座いますが…………」

振り返って見ると、同じ欄干にもたれた、乞食体の中年の男、鳴海司郎の顔を下から見上げて、こう丁寧に申します。

春の夜の厩橋の上、更けたという程ではありませんが、妙に人足が疎らで、風体の悪い人間に声をかけられると、ツイぞっとするような心淋しい晩です。

見ると、人品骨格満更の乞食とも思えませんが、お釜帽の穴のあいたのを目深に、念入のボロを引っかけて、片足は鼠色になった繃帯で包み、本当の片輪かどうかはわかりませんが、怪し気な松葉杖などを突っ張って居ります。

時も時、場所も場所、「煙草をくれ」か、精々「電車賃をくれ」ぐらい、よくある術だと思い乍ら、鳴海司郎はかくしへ手を入れて、軽くなった財布を引出そうとすると、

「イエイエ、お金を頂き度いと申すのでは御座いません。お願いですから私の傍から少し離れて、向うの方を向いたまま、私と全く関係の無いような様子で、私の申すことを聞いて頂き度いのです」

乞食にしては言葉が上品で、それに言う事がヒドク変って居ります。好奇心の旺んな若い男でもなければこんな突飛な申出を、素直に聴かれるものではありませんが、鳴海司郎、幸にして年も若く、その上独り者で金こそありませんが、好奇心ならフンダンに持ち合せて居ります。社会的地位と申しますと、学校を出たての、一番下っ端の会社員で、相手が乞食だろうが泥棒だろうが、少しも驚くことではありません。言われる通り、二三歩遠退いて、灯の疎らな本所の河岸の方を向いたまま、

「サア、これでよかろう」

相手になってやるぞと言わぬばかりに、後を促します。

「失礼な事を申し上げてすみませんが……何を隠しましょう、私は今重大な敵に監視されて居りますので、正面にお話をして、貴方に御迷惑があるといけないと思ったので御座います。こうして居る内にも、どこに、どんな眼があって、私共を見張って居るかわかりません」

段々気味の悪いことを申しますが、その代り、この男は本当の乞食でない事だけは確かです。乞食にしては言葉が知識的で、髯こそ茫々と生えて居りますが、物越し態度何処となく、贅沢に育った社交的な人間らしいところがあります。

「実は」

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