本文へ移動
TORENDIA

錢形平次捕物控

本文約13,200字 ・ 読了時間 約27分

あらすじ(AIが作成しました)

駒込浅嘉町の大地主・幸右衛門の屋敷で、隠れん坊をしていた娘のお松が葛籠の中で刺殺される事件が発生する。銭形平次は、現場に居合わせた者たちの証言や不審な動きから捜査を開始する。一方、事件現場では主人の幸右衛門と、お松の父である与三郎が毒を盛られ、さらにお雪も襲われる事態となる。平次は、屋敷内で渦巻く人間関係と思惑を整理し、一連の凶行が、自身の娘を誤って殺害した与三郎によるものだという真相にたどり着く。

野村胡堂

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 16

一

「もう宜いかい」

「まアだゞよ」

子供達はまた、隱れん坊に夢中でした。此邊は古い江戸の地圖にも、『植木屋と百姓家多し』と書いてある位で、お天氣さへ良ければ、子供達は家の中で遊ぶといふことは無いのですが、雨が降ると、室内遊戲の方法も興味も持たない子供達は、一日に一度は屹度『隱れん坊』を始めるのです。

それは限りなく安らかな晝下がりでした。櫻が散つて、菜の花が黄金色に燃えて、四月の生温い雨は、すべての人を心からしつとりさせます。駒込淺嘉町の大地主幸右衞門の家は、その廣さと裕福さのせゐで、いつものやうに森閑として、隱れん坊遊びの歌だけが、哀調を帶びて、屋敷中何處までも聽えるのでした。

「おや、信ちやんは此處に居たのか」

納屋から出て來た叔父の與三郎は、何やら合點の行かぬ樣子で眉をひそめます。四十五六の、青白く痩せた中年者で、若白髮が小鬢に見えるのは、早く女房に死に別れて、苦勞をしたせゐかも知れません。

「松ちやんが隱れて居るのよ、何處に居るかわからないんだもの」

主人幸右衞門の娘で、今年十歳になるお信は隱れん坊のことなんか忘れてしまつたやうに、納屋の前の、母屋に續いた粗末な渡り廊下に立つて、隣の子の常吉と、雨垂の落ちるのを、面白さうに眺めて居ります。

「それは呑氣だな、家の中から聲が聞えたやうだが、押入ぢやないか」

「さうかも知れないワ」

お信はさう言つて、廊下から家の中に飛上がると、與三郎と常吉もそれに續きました。

「それぢや早く見てやれ」

さう言へば、哀調を帶びた、『まアだゞよう』と言つて居た女の子の聲が、先刻から聞えなくなつて居るやうです。

「此處よきつと」

一と足先に入つたお信は、その次の部屋、納戸代りに使つてゐる八疊の、押入の唐紙をサツと開けました。

「あツ」

お信が立ち竦んだのも無理はありません。押入の下の段に入れてあつた大一番の葛籠は蓋をしたまゝ、上から拔刀がズブリと突つ立つて、葛籠から漏れた血が、押入の床板を赤黒く染めて居るのです。

「――」

野村胡堂の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本