TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

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「親分、ウフ、可笑しなことがありましたよ、ウへ、へ、へツへツ」

ガラツ八の八五郎が、タガの弛んだ桶のやうに、こみ上げる笑を噛みしめ噛みしめ、明神下の平次の家に入つて來ました。

「冗談ぢやない、人の家へゲラゲラ笑ひ乍ら入つて來やがつて、水をブツ掛けて、酒屋の赤犬をけしかけるよ」

「怒らないで下さいよ、あつしはまた、可笑しくて可笑しくて、横つ腹の筋がキリキリするほど笑つてゐるのに、親分はまた、何んだつてそんなに機嫌が惡いんで」

「盆も正月も無え野郎にはわかるめえが、今日は十月の晦日だ、先刻から何人掛け取を斷わつたと思ふ、こいつは洒落や道樂で出來る藝ぢや無えぜ」

「相濟みません、人の氣も知らねえやうですが、借金や掛けは拂はねえことに極めて居ると、思ひの外氣の輕いもので」

「呆れた野郎だ、だから叔母さんは、お前の尻拭ひで苦勞してゐるぢやないか、その氣だから三十にもなつて、まだ嫁に來手も、婿に貰ひ手もねえ始末だ」

「でも、もう少し放つて置いて下さいよ、女房を持つと、急に人間がケチになつて、爺々むさくなつて人に意見ばかりするやうになるから――おつと、親分のことぢやありませんよ、親分は女房持ちでも、パツパと――」

「お世辭なんか止せ、お前の柄ぢやねえ、ところで何がそんなに可笑しいんだ」

「へツ、その事、その事。あつしがいつまで獨りでゐるわけも、實は其處にあるんで、へツ、へツ、へツ」

「又笑ひ出しやがる、氣色の惡い野郎だ」

「實はね、親分、このあつしが、色男番附へ載つたんだから大したものでせう」

「色男番附? そいつは何處の國の番附だ、よもや日本ぢやあるめえ」

八五郎のヌケヌケした報告に、さすがの平次も膽をつぶしました。名物の顎を二三寸切り詰めたところで、これは色男といふ人相ではありません。

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