錢形平次捕物控
本文約12,300字 ・ 読了時間 約25分
あらすじ(AIが作成しました)
江戸の神田で「息子番附」が作られ、若い男たちが美男を競う中、番附の大関に選ばれた丹波屋の若旦那が、米屋の隠居宅の前で突然死を遂げる。事件を追う銭形平次は、現場周辺の人間関係や、隠居の孫娘を巡る男たちの争いに注目する。平次は米屋の搗き男である猪之助が犯行に関わっていることを突き止め、犯行に使われた凶器と、その背後に潜むある人物の画策を明らかにしていく。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
「親分、ウフ、可笑しなことがありましたよ、ウへ、へ、へツへツ」
ガラツ八の八五郎が、タガの弛んだ桶のやうに、こみ上げる笑を噛みしめ噛みしめ、明神下の平次の家に入つて來ました。
「冗談ぢやない、人の家へゲラゲラ笑ひ乍ら入つて來やがつて、水をブツ掛けて、酒屋の赤犬をけしかけるよ」
「怒らないで下さいよ、あつしはまた、可笑しくて可笑しくて、横つ腹の筋がキリキリするほど笑つてゐるのに、親分はまた、何んだつてそんなに機嫌が惡いんで」
「盆も正月も無え野郎にはわかるめえが、今日は十月の晦日だ、先刻から何人掛け取を斷わつたと思ふ、こいつは洒落や道樂で出來る藝ぢや無えぜ」
「相濟みません、人の氣も知らねえやうですが、借金や掛けは拂はねえことに極めて居ると、思ひの外氣の輕いもので」
「呆れた野郎だ、だから叔母さんは、お前の尻拭ひで苦勞してゐるぢやないか、その氣だから三十にもなつて、まだ嫁に來手も、婿に貰ひ手もねえ始末だ」
「でも、もう少し放つて置いて下さいよ、女房を持つと、急に人間がケチになつて、爺々むさくなつて人に意見ばかりするやうになるから――おつと、親分のことぢやありませんよ、親分は女房持ちでも、パツパと――」
「お世辭なんか止せ、お前の柄ぢやねえ、ところで何がそんなに可笑しいんだ」
「へツ、その事、その事。あつしがいつまで獨りでゐるわけも、實は其處にあるんで、へツ、へツ、へツ」
「又笑ひ出しやがる、氣色の惡い野郎だ」
「實はね、親分、このあつしが、色男番附へ載つたんだから大したものでせう」
「色男番附? そいつは何處の國の番附だ、よもや日本ぢやあるめえ」
八五郎のヌケヌケした報告に、さすがの平次も膽をつぶしました。名物の顎を二三寸切り詰めたところで、これは色男といふ人相ではありません。