錢形平次捕物控
本文約15,100字 ・ 読了時間 約31分
あらすじ(AIが作成しました)
兵学者の愛妾が、住まいの塔から逆様に吊るされた姿で発見される。銭形平次は、現場に残された血の足跡を不自然に拭き取った痕跡から、犯人が被害者の愛人である男性に成り済ましていたと推理する。周囲の人間関係や怨恨を洗い出す中で、平次は特定の男性に執着し、邪魔な存在を排除しようとした女性の巧妙な偽装工作を暴き、事件の真相を解明する。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
「ところで親分はどう思ひます」
「ところで――と來たね、一體何をどう思はせようてんだ。藪から棒に、そんな事を言つたつて、わかりやしないぢやないか」
錢形平次と子分の八五郎は、秋日和の縁側に甲羅を並べて、一刻近くも無駄話を應酬して居たのです。
「先刻言つたぢやありませんか、子曰くの先生のお妾――」
「あ、お玉ヶ池の春名秋岳先生か、あれは儒者といふよりは兵學者の方だよ。近頃素晴らしいお妾を置いたといふ話なら、お前の口からだけでも、もう三度も聽いたよ」
平次は氣の無い顏をして、秋の庭先にユラユラと消えて行く、煙草の烟の輪を眺めて居ります。
まことに天下太平の晝下がりです。丹精した朝顏がお仕舞になつて、貧乏臭い鉢植の楓林仕立が色づくと、平次の庭も何んとなく秋さびます。
「そのお妾のお照が、ズブの素人の癖に、色つぽくて、愛嬌があつて、斯う話して居ると、クワツと燃え立つやうで、男の切れつ端なら誰でも掻き立てられるやうな心持になりますよ」
「それが何うしたんだ」
「嫌になるなア。親分と女の子の話をするほど氣の乘らないことはありませんね」
「性分だよ、勘辨しねえ」
「へツ、お靜姐さんが、若くて綺麗なせゐぢやありませんか。世間では專らそんな事を言つて居ます」
「何が專らだえ、馬鹿々々しい」
「相濟みません、――ところで話は元へ戻つて、秋岳先生の愛妾お照の方、年は二十四で、聊か傳法で、搗き立ての羽二重餅のやうにポチヤポチヤしたのが――」
「――」
平次は默つてしまひました。八五郎が何を言はうとして居るのか、見當もつきませんが、何んかしら、仔細あり氣なプロローグです。
「今まで隣町に一戸を構へさせ、月の六齋に、少々胡麻鹽になつた顎髯をしごき乍ら、唐天竺の都々逸なんかそゝつて通つた秋岳先生が、妾宅通ひも年のせゐで段々人目に立つやうになつたし、二つ世帶を賄なつては、諸掛りも大變だといふので、御本妻の里江さんも承服の上、お玉ヶ池の塾に引取つて、同じ屋根の下に住むことになりましたが――」
「それでどうしたといふのだ」