一
「八、その十手を見せびらかすのを止してくれないか」
「へエ、斯うやりや宜いんでせう。人に見せないやうに」
親分の平次に言はれて、ガラツ八の八五郎はあわてゝ後ろ腰に差した十手を引つこ拔くと、少々衣紋の崩れた旅疲れの懷中にねぢ込むのです。
「だらしがねえなア、房が思はせ振りにハミ出して居る上に、十手の小尻が脇の下に突つ張つて居るぢやないか」
「へエ、まだいけませんかね」
「此處は江戸の眞ん中ぢやねえ、武州忍、阿部豊後守樣十萬石の御城下だ、そんな風をして、後生大事に懷中を押へて歩くと、請合牛蒡泥棒と間違へられる」
「冗談でせう、いかに武藏の國だつて、房の附いた牛蒡なんてものは、ありやしませんよ」
平次と八五郎は、郊外の秋色を愛で乍ら――といふと洒落れて聞えますが、實は川越在の名主、庄司忠兵衞の餘儀ない頼みで、十五里の道を、ブラリブラリと二日がゝりで、町から三里ばかり、赤トンボとイナゴに迎へられ乍ら、どうやら陽のあるうちに、目的の家に着いたのです。
迎へてくれたのは、主人の忠兵衞五十二三、分別者で評判の良い中老人ですが、田舍名主らしく何んとなく權高なところがあります。でも、事件は獨り娘の生命に關はることで、さすがに見識も見得もかなぐり捨て、
「や、錢形の親分、待つて居ましたよ、遠いところを、飛んだ無理を言つて――」
などと如才もありません。
足を洗つて奧へ通されると、内儀のお縫が待ち構へて、お茶よ、お菓子よとあわたゞしいことです。
「それより、先づ、お孃さんが、姿を隱したといふ一埒を承りませう。なアに、疲れたと言つてもたつた十五里の道を、二日で歩いた遊山旅で、時候が良いから、ろくに汗も掻きやしません。この野郎がイキの惡い金魚見たいに、口をパク/\させてゐるのは、少し腹が減つてるだけのことで」
八五郎の表情を讀んで、平次は遠慮のないことを言ふと、
「それは氣が付かなかつた、陽の暮れるのを待つて一杯つけ乍らと思つて居たが、それぢや兎も角も」
主人の忠兵衞が指圖すると、内儀のお縫がお勝手へ飛んで行つて、何が無くとも冷飯に炙り魚、手輕な食事になつてしまひました。