本文へ移動
TORENDIA

錢形平次捕物控

本文約14,000字 ・ 読了時間 約28分

あらすじ(AIが作成しました)

江戸の神楽坂にある長崎屋一家が、抜け荷の恨みによる嫌がらせや命を狙う事件に悩まされている。錢形の平次は、用心棒の浪人・岡浪之進が長崎屋の身上を我が物にしようと画策し、内儀のお町や主人たちを次々と毒や凶器で殺害していることに気づく。平次は、証拠として手元にあった和蘭の銀貨を投げ打つという特技を駆使し、狡猾な凶行を繰り返す浪之進を追い詰め、ついに捕縛する。

野村胡堂

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 17

一

「親分、良い陽氣ですね」

フラリとやつて來た八五郎は、襟の汗を拭いて、お先煙草を五六服、お茶をガブ呑みの、繼穗もないお世辭を言ふのでした。

「二三日見えなかつたが、何處へ行つて居たんだ」

錢形の平次も、この十日ばかりはまるつきり暇、植木の世話をしたり、物の本を讀み返したり蟻の行列を眺めたり、雲のたゝずまひを考へたり、まことに退屈な日を送つて居たのです。

「こんな時家の中に引籠つて居るのは、餘つ程錢のねえ奴か、女房に惚れてゐる野郎ばかりで」

こんな事をヌケヌケ言ふ八五郎を、平次はニヤリニヤリと受けました。

「當てられたやうだが、――それに引換へてお前は餘つ程景氣が良いと見えるな」

「何しろ、お天氣がよくて、身體が達者で、お小遣がふんだんにあるんだから、半日だつて叔母さんの二階に燻ぶつちや居られませんよ。外へ出たとたんに、江戸中の新造が、皆んなあつしに惚れて居るやうな氣がするでせう」

「江戸中の新造は大きいな、――ところで何處へ行つたんだ」

「神樂坂ですよ」

「妙なところへ行つたものだね、其處に良い新造でも居るのか」

「良い新造も居ますが、色つぽい年増も、浪人も、金持も居ましたよ」

「何んの話だか、さつぱりわからねえよ、何處かの赤い鳥居へ小便でもしやしないか」

「狐にだまされたと思つて、神樂坂へ行つて見て下さいよ、牡丹屋敷のツイ裏、長崎屋七郎兵衞と言や、大した身上だ。その上内儀がきりやうよしで、娘が滅法可愛らしいと來て居る、覗いて見たつて、損はありませんよ」

「又何んか頼まれて來たのか、寶搜しや夫婦喧嘩の仲裁は御免だよ」

平次は大きく手を振りました、八五郎が又何んか平次引つ張り出しを頼まれて來た樣子です。

「そんな氣のきかねえ話ぢやありませんよ、長崎で一と身上拵えた長崎屋七郎兵衞の一家が、あんまりボロい儲けをしたので、長崎を引揚げて、江戸へ來てから三年にもなるといふのに、元の商賣敵からひどい嫌がらせをされて居るんです。此まゝ放つて置いたら、命に拘はるかも知れねえ、錢形の親分を頼み度いところだが、あつしに瀬踏してくれといふ話で、泊りがてら、神樂坂界隈を念入りに調べて來ましたよ」

野村胡堂の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本