TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

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「親分、御存じでせうね、あの話を」

ガラツ八の八五郎が、獨り呑込みの話を持込んで來ました。

早咲の梅が、何處からともなく匂つて來る暖かい南縁、錢形平次は日向を樂しんで無精煙草にしてゐるところへ、八五郎がいつもの通り其日のニユースをかき集めて來たのです。

「藪から棒に、何を言ふんだ。江戸中の人間の借金を帳消しにする御布令でも出たといふのか」

「そんな事なら驚きやしません。どうせあつしは借金は返さないことに極めて居るんで」

「あんな野郎だ」

「ね、親分。世の中には、ボロイ話もあるものですね、あつしも少しばかり元を卸して見ようと思ひますが」

「大きな事を言やがる。まさか、銅脉(贋金)を拵へる相談ぢやあるまいな」

「こちとらの雁首に祟るやうな物騷な話ぢやありません。あつしの聽いたのは御信心の方で」

「信心をね」

「信心が金儲けになるんだから、こいつはたまらねえでせう。まるで持參付きの小町娘が、押しかけ嫁に來るやうな話で」

「下司な心掛けだ。そんな野郎は請合ひ八寒地獄へ眞つ逆樣に墮ちるよ」

「地獄の拔け裏が極樂でこいつはまたたまらねえ。結構な娘と年増が歌念佛で總踊りと來る」

「どうも言ふことが變だぜ。何處かの赤い鳥居へ、小便でもしなかつたか」

「さう思ふのも無理はありませんがね。まア、聽いて下さいよ。親分」

八五郎は縁側ににじり上がつて物語らんと膝つ小僧を揃へました。尤も合掌した手を膝と膝との間に挾んで、肩と顎で梶を取り乍ら話すのですから、あまりお品は良くありません。

「大層改まりやがつたな」

「根岸の梅屋敷――龜戸梅屋敷と違つて、此處は御隱殿裏で、宮家住居の近くだから、藪鶯だつて三下りぢや啼かねえ。簫篳篥に合せてホウホケキヨ――」

「止さねえか、馬鹿々々しい」

「その梅屋敷の隣に、近頃紫御殿といふのが出來ましたよ。江戸では御法度の銅瓦三階建、何とか院樣の御許しがあるとかで、町方で手のつけやうはねえ」

「その話は聽いたよ。三輪の萬七親分が、――お膝許にあんな化物屋敷をおつ建てられちや、こちとらは睨みがきかねえやうで、世間樣に顏向けがならねえ――と腹を立てゝ居たよ」

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