TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

1 / 18

「世の中には變つた野郎があるものですね、親分」

ガラツ八の八五郎は、又何やら變つた噂を持つて來た樣子です。

「大抵の人間は、自分は世間並より變つた人間だと思つて居るよ」

錢形平次は、相變らず、はなつから茶化してかゝります。

結構な冬日向、何が無くとも豆ねぢに出がらしの番茶、お靜は目立たぬやう、そつと滑らせてお勝手に引下がると、晝下がりの陽を膝に這はせて、八五郎の話は面白く彈むのです。

「深川入船町の鍵屋源兵衞――親分も御存じでせうね」

「大層な身上だつてね、生憎親類でも何んでも無いが、明暦の大火でうんと儲けて、江戸一番の材木屋になり、その上苗字帶刀を許されて、日光山の御用も勤めると聽いたが」

錢形平次もそれはよく知つて居ります。後の世の奈良茂、紀文と共に、百萬兩の富を積んだといふ、江戸暴富傳中の一人です。

「その伜が噂の種で、深川中で知らないものはありやしません――廣い江戸にも、あんな息子は二人とはあるまいと――」

「親孝行でもするのか」

「飛んでもない、金持の子に孝行息子なんかあるものですか、何しろ甘やかし放題に育てたのが、年頃になつて遊びを覺えたからたまりませんよ、辰巳藝者を總嘗めにして、此節は吉原まで荒し廻る」

「達者だな、名は何んといふんだ」

「万兩さんで通つてますよ、万兩分限の息子だから万兩息子、はつきりして居まさあ、尤も親のつけた名は、半次郎といふんで、人間が半端だから半次郎、これも理詰めで」

「話はそれつ切りか、金持の馬鹿息子が、馬鹿遊びをしたところで、俺は可笑しくも面白くもないよ」

平次は相變らず氣の乘らない樣子です。

「それが一と通りの女遊びぢや無いんで、係り合つた女といふ女、華魁も新造も、藝子も素人衆まで、一々二の腕に、自分の名を彫らせるといふから、大したものでせう」

「一人の客に名前を彫られちや、商賣人は上つたりだらう」

「そこが、それ金の有難味ですよ。身請をするほど金を積むと、大抵の女は、イヤとは言はないさうですよ、その彫つた後が落着くと、すぐ灸で燒切る」

「熱い商賣だな」

「あの世界には、女に小指を切らせる虐たらしい男だつてあるんだから、刺青なんか優しい心中立かも知れませんね」

野村胡堂の他の作品