一
「羨ましい野郎があるもんですね、親分」
夏の夜の縁先、危い縁臺を持ち出して、蚊を叩き乍ら、八五郎は斯んなことを言ふのです。
「お前でも人を羨ましがることがあるのか、淺ましくなりやがつたな」
錢形平次は呑氣な心持ちで相手になつて居ります。八五郎が急に慾が出て、角の地面が欲しくなる氣遣ひは無いと、多寡をくゝつてゐる樣子です。
「相手は駒形の伊三郎の野郎ですがね」
「取り拔け無盡が當つたのか、それとも伊三郎はちよいと良い男だから、大屋の小町娘にでも思ひ付かれたとでもいふのか」
平次は相變らず氣が無ささうです。秋近い蚊は、三春駒のやうに達者で、此邊は水にも藪にも縁があるせゐか、叩いても叩いてもやつて來るのです。
「そんな世間並の話なんか、羨ましくも何んともありませんよ、伊三郎の野郎のところへ、馴染の女郎が無事に年が明けて、轉げ込んで來た相で、巴屋の友鶴てんで、二十七だと振れ込んでますが、請合三つ位はサバを讀んでますね」
「そんなのが、羨ましいのか、お前は? 小皺が寄るまで苦海に勤めて、長い間に身受けの相手もなく、貧乏な岡つ引のところへ轉げ込む女郎は、一體どんな代物だと思ふ」
「さうは言つても、結納も祝言も拔きの、小風呂敷一つで飛込んで來る女房なんてものは、手輕で結構ぢやありませんか。小格子の小便臭い女でも、女郎には變りは無え、へツ」
「お前はそんな氣でゐるのか、折角良い娘を見付けて、世話をしてやらうと思つて居るのに、年明けの皺の寄つた女郎なんか羨ましがるやうぢや、附き合ひ度くねえよ」
「相濟みません、野郎も薹が立つて縁遠くなると、淺ましくもなりますよ。どう生れ變つても、中屋貫三郎が請出したやうな、入山形に二つの星の、金覆輪の華魁はこちとらの相手にはなりやしません。口惜しいけれど、八方に四つ手をおろして、ダボハゼのやうな年明きを待つ氣になるぢやありませんか」
「情けねえ野郎だ、同じ女房を持つなら、三井鴻池の娘でも狙つちやどうだ、望みは大きい方が宜いぜ」
「中屋貫三郎の請出した誰袖華魁なんかは豪勢ですぜ、千兩箱を杉なりに積んで請け出し、廓内から馬喰町四丁目まで、八文字を踏んで乘込んだ」
「嘘をつきやがれ」