一
「親分の前だが、あつしも今度ばかりは、二本差が羨ましくなりましたよ」
ガラツ八の八五郎は、感にたへた聲を出すのでした。カラリと晴れた盆過ぎの或る日、平次は盛りを過ぎた朝顏の鉢の世話を燒き乍ら、それを手傳はうともせずに、縁側から無駄を言ふ、八五郎の相手をして居ります。
「おや、妙なことを言ふぢやないか、お前は武家と田螺和は大の嫌ひぢやなかつたのか」
さう言ふ平次は、朝顏の世話に餘念もありません。
「好きにもなるだらうぢやありませんか。飯田町から番町、神田へかけて、第一番といふ娘を手にいれて、その上に持參が千兩」
「いづれはヒビの入つた娘だらう、てゝ無し子を生んだとか、筋の惡い男と驅け落ちをしたとか」
「飛んでも無い」
「夜な/\首が長くなつて、行燈の油を舐める藝當があるとか」
「そんな藝當なんかありやしません。綺麗で利發で、そりや氣立ての良い娘ですよ」
「泣かなくたつて宜い。その娘がどうしたんだ?」
「相手もあらうに、中坂の浪人者、寺西右京の伜で、業平習之進と言はれて居る男つ振りだが、評判のよくねえのへ小判で千兩の持參で嫁入はひどいでせう」
「一と箱は少し大きいな。人三化七の娘でも、持參は百兩と昔から相場のきまつたものだ」
「それがその千兩で、――無瑾で可愛らしくて、申分の無い娘に、千兩の持參とは何んといふことです」
「俺が叱られて居るやうだが、先づ話の筋を通してから、怒るなり泣くなり、お前の勝手にするが宜い」
「へエ? さう言へば、まだ何んにも言はなかつたやうで」
「呆れた野郎だ」
平次は八五郎と並んで縁側に腰をおろして、泥だらけになつた手で、器用に煙草をつまみました。一本の煙管が、客にも主人にも共通です。
「元飯田町の質屋、紀の國屋信兵衞といふのを親分は御存じでせう」
「大層な身代ださうだな」
「その信兵衞は腹の底からの町人ですが、飯田町といふ場所で、武家の客を相手にして、親代々質屋を渡世にして居たら、人間の性根はどんなことになると思ひます」
「骨が折れることだらうよ」