錢形平次捕物控
本文約14,700字 ・ 読了時間 約30分
あらすじ(AIが作成しました)
江戸の町人・玉屋金兵衛は、大名から預かった名器の香炉を紛失し、銭形平次に調査を依頼する。平次は玉屋の娘の踊り友達であるお糸に盗みの疑いがかけられていることを知り、彼女の父・古道具屋の與次郎と接触する。やがて香炉は無事に見つかるが、調査を進める中で新たな事件が発生する。平次は事件の背後に潜む過去の罪と因縁を解き明かし、父としての情に苦悩する與次郎の姿と向き合うことになる。
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一
「親分、松が除れたばかりのところへ、こんな話を持込んぢや氣の毒だが、玉屋に取つては、此上もない大難、――聽いてやつちや下さるまいか」
町人乍ら諸大名の御用達を勤め、苗字帶刀まで許されてゐる玉屋金兵衞は、五十がらみの分別顏を心持翳らせて斯う切出しました。
「御用聞には盆も正月もありやしません。その大難といふは一體何で?」
錢形の平次は膝を進めます。往來にはまだ追羽子の音も、凧の唸りも聞える正月十三日、よく晴れた日の朝のうちのことです。
「外ぢやない、さる大々名から、新年の大香合せに使ふ爲に拜借した蝉丸の香爐、至つて小さいものだが、これが稀代の名器で、翡翠のやうな美しい青磁だ。それが、昨夜私の家の奧座敷から紛失した。――たつた香爐一つと言つてしまへばそれまでだが、一國一城にも代へ難いと言はれた天下の名器で、公儀へ御書き上げの品でもあり、紛失とわかれば、内々で御貸下げ下すつた、御隱居樣の御迷惑は一と通りでない。私は先づ腹でも切らなければ濟まぬところだ」
「――」
平次は默つて聽いて居りますが、玉屋金兵衞の困惑は容易のものでないのはよく解ります。
「親分は、お上の御用を勤める身體だ。香爐の紛失は言はゞ私事、こんな事を頼んではすまないが、これは金づくでも力づくでも叶はない。愈々香爐が出て來ないとなると、私の命一つは兎も角として、さる大々名のお家の瑕瑾ともなるかも解らない。折入つての願ひだが、何とか一と骨折つては下さるまいか」
玉屋金兵衞は、疊に手を突かぬばかりに頼み入ります。大町人らしい風格のうちに、茶や香道で訓練された、一種の奧床しさがあつて、斯うまで言はれると、平次もむげには斷り切れません。
「宜しうございます。それ程の品が無くなるのは、容易ならぬわけのあることでせう。出るか出ないかは兎も角として、一つ當つて見るとしませう」
「有難い、親分」
「ところで、無くなつたのは何時のことでございます」
「昨夜の宵のうち、――詳しく言へば、戌刻頃までは確かにあつたが、今朝見ると無くなつて居る」
「怪しいと思つた者はありませんか」