TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

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「親分、何をして居なさるんで?」

ガラツ八の八五郎は、庭口からヌツと長い顎を出しました。

「もう蟻が出て來たぜ八、早いものだな」

江戸開府以來と言はれた名御用聞、錢形平次ともあらう者が、早春の庭に踞んで、この勤勉な昆蟲の活動を眺めて居たのです。

生温かい陽は、平次の髷節から肩を流れて、盛りを過ぎた梅と福壽草の鉢に淀んで居ります。

「大層暇なんだね、親分」

「結構な御時世さ。御用聞が晝近く起出して、蟻や蚯蚓と話をして居るんだもの」

「へツ、へツ、その暇なところで一つ逢つて貰ひ度い人があるんだが――」

「お客は何處に居なさるんだ」

「あつしの家へ飛込んだのを、つれて來ましたよ。少しばかりの知合を辿つて、入谷から飛んで來たんだ相で――」

「何んだつて庭先なんかへ廻るんだ。お客樣が一緒なら、大玄關へ通りや宜いのに」

「へツ、その大玄關は張物板で塞がつて居ますよ――木戸から庭を覗いて下さい、親分が煙草の煙で曲藝をしてゐる筈だから――と、奧方樣が仰しやる」

「馬鹿だなア」

平次の顏は笑つて居ります。自分が馬鹿なのか、女房のお靜が馬鹿なのか、それともガラツ八が馬鹿なのか、自分でも主格がはつきりしない樣子です。

「それに、お客樣は跣足だ。大玄關からは上られませんよ――さア、遠慮はいらねえ、其處から入つて來るが宜い」

ガラツ八は平次へ半分、後ろの客へ半分聲をかけました。

「――」

默つて木戸を押して、庭へ入つて來たのを一と目、平次の顏は急に引き締ります。

取亂しては居りますが、十八九の美しい娘が、足袋跣足のまゝで、入谷から神田まで驅け付けたといふことは、容易のことではありません。それに、平次の早い眼は、娘の帶から裾へかけて、斑々と血潮の附いてゐるのを、咄嗟の間に見て取つたのです。

「まア、此處へ坐つて、氣を落付けるが宜い。話はゆつくり聽かうぢやないか」

「――」

「靜、水を一杯持つて來てくれ」

平次は縁側へ娘を掛けさせると、女房のお靜が汲んで來た水を一杯、手を持ち添へるやうに、娘に呑ませてやりました。

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