錢形平次捕物控
本文約14,900字 ・ 読了時間 約30分
あらすじ(AIが作成しました)
江戸の捕物名人・錢形平次は、神田で続発する酒屋への放火事件を追う。被害にあった三村屋の亭主は、火事場をうろついていた仲吉を疑うが、平次は現場の状況から計画的な犯行であることを察知する。独自の推理と調査を進めた平次は、周囲を欺く巧妙な罠を張って犯人を追い詰め、町を騒がせた火付けの真相を明らかにする。捕物の名人として、冷静な判断と卓越した手腕で事件を解決へと導く過程を描く物語である。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
「親分。お早うございます」
「火事場の歸りかえ。八」
「へエ――」
「竈の中から飛出したやうだぜ」
錢形平次――江戸開府以來と言はれた捕物の名人――と、子分の逸足、ガラツ八で通る八五郎が、鎌倉河岸でハタと顏を合せました。まだ卯刻半過ぎ、火事場歸りの人足が漸く疎らになつて、石垣の上は、白々と朝霜が殘つて居る頃です。
「ところで何處へ行きなさるんで? 親分」
「三村屋も放け火だつてえぢやないか」
「へエ。それで實は、親分をお迎へに行くところでしたよ」
「酒屋ばかり選つて、立て續けに三軒も燒くのは穩やかぢやないネ」
「何處の餡コロ餅屋だか知らないが、野暮な火惡戯をしたもので――」
「馬鹿だな。そんな事を言ふと、餅屋に毆られるぜ」
「へエ――」
ガラツ八は埃りと煙で汚れた、長い顎をしやくつて見せました。
今年になつてから、ほんの半月ばかりの間に、神田中だけでも三ヶ所の放け火があつた――最初の一つは、正月八日の夜半過ぎ、濱町の大黒屋で、これは夜廻りが見つけてボヤですましたが、二度目のは、中四日置いて正月の十三日、外神田松永町の小熊屋で、これは、着のみ着のままで飛出した程の丸燒け、三度目は正月十八日、――正確に言へば十九日の曉方、鎌倉町の三村屋が丸燒け、その上小僧が一人燒け死んで、女房のお久は、二階から飛降りて大怪我をしてしまひました。
「三軒揃つて酒屋は變ぢやありませんか。その上三軒共薪と炭を商ひ、三軒共夜中過ぎの放け火だ」
「フム」
「それから、三の日と八の日を選つたのもをかしいぢやありませんか。御縁日か稽古日ぢやあるまいし」
「面白いな、八。他に氣のついたことはないか」
「そんな事をするのは、酒嫌ひな奴でせう、どうせ」
「ハツハツハツ。お前の智慧はそんなところへ落着くだらうと思つたよ――兎に角行つて見よう。笑ひごとぢやない。――お前も來るか」
「へエ――」
ガラツ八は疲れも忘れた樣子で、忠實な犬のやうに從ひました。
三村屋の燒け跡は、見る眼も慘憺たる有樣でした。まだ板圍ひも出來ず、灰も掻かず、ブスブス燻る中に、町内の手傳ひと、火事見舞と、燒け跡を濕してゐる鳶の者とがごつた返して居ります。