一
「あ、あ、あ、あ、あ」
ガラツ八の八五郎は咽喉佛のみえるやうな大欠伸をしました。
「何と言ふ色氣のない顏をするんだ。縁先で遊んで居た白犬が逃出したぢやないか、手前に喰ひ付かれると思つたんだらう」
のんびりした春の陽ざしの中に、錢形平次も年始疲れの、少し奈良漬臭くなつた足腰を伸ばして、寢そべつたまゝ煙草の烟の行方を眺めて居たのです。
「だがね、親分、正月も三ヶ日となると退屈だね。金は無し、遊び相手は無し、御用は無し、――そこで考へたんだが、二度年始廻りをする術はないもんでせうか――明けましてお目出度う、おや八さん、昨日も年始に來たぢやないか、へエー、そんな筈はないんだが、あつしは暮から風邪を引いて今日起き出したばかりですよ、それは多分八五郎の僞者でせう――なんて上り込む工夫はないものかな」
八五郎の想像は、會話入りで際限もなく發展して行きます。
「馬鹿野郎、――よくもそんな間拔けな事が考へられたものだ」
「――それも樽を据ゑた家に限るね、一升買ひの酒ぢや、飮んでも身にならねえ」
「呆れた野郎だ」
「でなきア、御用始めに、眼の玉のでんぐり返るやうな捕物はないものかなア。親分の前だが、今年こそ、うんと働きますぜ。江戸中の惡黨が、八五郎の名を聞いただけで眼を廻す――てな事になると――」
「八、氣を付けるがいゝぜ、雪の無い正月で、いやにポカポカするから」
「ね、親分、今度はあつしに任せて下さいな、どんな事でも、一人で捌いて世間の人をアツと言はせますから」
「いゝ氣なものだ、――おや、さう言へば御用始めらしいぜ、手前逢つて見るか」
平次が隣室に隱れる間もありません。バタバタと入つて來たのは、若い男。
「錢形の親分さん、た、大變、――すぐお出で下さい」
突きのめされさうな聲です。二十五六、大店の手代風ですが、餘程面くらつたものと見えて、履物も片跛、着物の前もろくに合つて居りません。
「お前さんは、何處から來なすつたえ」
八五郎は精一杯の威儀を作ります。
「安針町の、さ、相模屋から參りましたが、――わ、若旦那が昨夜――」
手代はゴクリと固唾を呑みました。