一
「親分、お願ひがあるんだが」
ガラツ八の八五郎は言ひ憎さうに、長い顎を撫でて居ります。
「又お小遣ひだらう、お安い御用みたいだが、たんとはねえよ」
錢形の平次はさう言ひ乍ら、立ち上がりました。
「親分、冗談ぢやない。又お靜さんの着物なんか剥いぢや殺生だ。――あわてちやいけねえ、今日は金が欲しくて來たんぢやありませんよ。金なら小判というものを、うんと持つて居ますぜ」
八五郎はこんな事を言ひ乍ら、泳ぐやうな手付きをしました。うつかり金の話をすると、お靜の髮の物までも曲げ兼ねない、錢形平次の氣性が、八五郎に取つては、嬉しいやうな悲しいやうな、まことに變てこなものだつたのです。
「馬鹿野郎、お前が膝つ小僧を隱してお辭儀をすると、何時もの事だから、又金の無心と早合點するぢやないか」
「へツ、勘辨しておくんなさい――今日は金ぢやねえ、ほんの少しばかり、智慧の方を貸して貰ひてえんで」
ガラツ八は掌の窪みで、額をピタリピタリと叩きます。
「何だ。智慧なら改まるに及ぶものか、小出しの口で間に合ふなら、うんと用意してあるよ」
「大きく出たね、親分」
「金ぢや大きな事が言へねえから、ホツとしたところさ。少しは附合つていゝ心持にさしてくれ」
「親分子分の間柄だ」
「馬鹿ツ、まるで掛合噺見たいな事を言やがる、手つ取り早く筋を申し上げな」
「親分の智慧を借りてえといふのが、外に待つて居るんで」
「誰方だい」
「大根畑の左官の伊之助親方を御存じでせう」
「うん――知つてるよ、あの酒の好きな、六十年配の」
「その伊之助親方の娘のお北さんなんで」
ガラツ八はさう言ひ乍ら、入口に待たして置いた、十八九の娘を招じ入れました。
「親分さん、お邪魔をいたします。――實は大變なことが出來ましたので、お力を拜借に參りましたが――」
お北はさう言ひ乍ら、淺黒いキリヽとした顏を擧げました。決して綺麗ではありませんが、氣性者らしいうちに愛嬌があつて地味な木綿の單衣も、こればかりは娘らしい赤い帶も、言ふに言はれぬ一種の魅力でした。
「大した手傳ひは出來ないが、一體どんな事があつたんだ、お北さん」