錢形平次捕物控
本文約13,400字 ・ 読了時間 約27分
あらすじ(AIが作成しました)
初夏の神田で植木を愛でる錢形平次は、ガラツ八こと八五郎から大名になりたいとの愚痴を聞く。時を同じくして、神田周辺では通り魔のような兇賊が神出鬼没の犯行を繰り返していた。やがて物持ちとして知られる中江川平太夫の屋敷に賊が侵入し、養娘のお琴が縛られる事件が発生する。平次は八五郎を用心棒として屋敷へ潜入させるが、事件の裏には平太夫自身の正体と、巧妙に仕組まれた盗賊の悪計が隠されていた。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
「親分、近頃つく/″\考へたんだが――」
ガラツ八の八五郎は柄にもない感慨無量な聲を出すのでした。
「何を考へやがうたんだ、つく/″\なんて面ぢやねえぜ」
錢形平次は初夏の日溜りを避けて、好きな植木の若芽をいつくしみ乍ら、いつもの調子で相手になつて居ります。
「大した望みぢやねえが、つく/″\大名になりてえと思つたよ、親分」
「何? 大名になりてえ、大きく出やがつたな、畜生ツ」
平次はさう言ひ乍ら、楓林仕立ての盆栽の邪魔な枝を一つチヨンと剪りました。
「第一、お小遣ひに困らねえ」
「成程ね、大名衆がお小遣ひに困つた話はまだ聞かねえ」
平次もそんな事を言ふのです。植木に夢中になつて、八五郎の哲學などは、どうでもよかつたのでせう。
「お勝手元不如意と言つたところで、こちとらのやうに、八文の湯錢に困るなんてことはねえ」
「餘程困ると見えるな、八」
「へエ、お察しの通りで」
八五郎は、ポリポリ頸筋を掻きました。
「呆れた野郎だ。大名高家を引合に出して、八文の湯錢をせびる奴もねえもんだ」
さう言ひ乍らも平次は、お靜を眼で呼んで、あまり澤山は入つて居さうもない自分の財布を持つて來させるのでした。
「濟まねえ、親分、湯錢と髮錢と、煙草を一と玉買ひさへすりやいゝんで、――そんなに要りやしませんよ」
「まア、取つて置くがいゝ。大名ほどの贅は出來めえが、それだけありや、町内の人參湯で一日茹つてゐられるだらう」
「へツ、濟まねえなア、――それぢや借りて行きますよ。ね、親分、お小遣はまア、親分から借りるとして」
「まだ不足があるのかい」
「大名の話の續きだが、――夏冬の仕着にも不自由はなく」
「仕着せだつてやがる」
「質屋の出し入れがないだけでも、どんなに氣が樂だか解らねえ。その上、出入はお駕籠、百姓町人に土下座をさせて、氣に入らねえ奴があると、いきなり無禮討だ」
「氣に入つた女は、いきなりしよつ引いてお部屋樣だらう」
「そ、それを言ひたかつたのさ、ね、親分」
ガラツ八は少し相好を崩して長い顎を撫でます。
「馬鹿野郎、又何處かの小格子の化け損ねた狐のやうなのにはまり込みやがつたんだらう」