一
「親分の前だが――」
ガラツ八の八五郎は、何やらニヤニヤとしてをります。
「前だか後ろだか知らないが、人の顏を見て、思ひ出し笑ひをするのは罪が深いぜ。何を一體思ひ詰めたんだ」
錢形の平次は相變らずこんな調子でした。年を取つても貧乏しても氣の若さと洒落氣には何んの變りもありません。
「ね、親分の前だが、褒美を貰つたら何に費はうか、あつしはそれを考へて居るんで」
「褒美?」
「忘れちやいけませんよ。近頃御府内にチヨイチヨイ贋金が現はれるんで、その犯人を擧げた者には、大層な御褒美を下さるといふ御觸れぢやありませんか」
「なんだその事か、――そいつは取らぬ狸の皮算用だ。當てにしない方が無事だらうぜ」
「でも、萬一といふことがあるでせう。あつしがその僞金造りを捕へたら、どうなるでせう、親分」
「大層な氣組だが、――まア諦める方が無事だらうよ。半年越し江戸中の岡つ引が、鵜の目鷹の目で探しても、尻尾をつかませない相手だ」
「でも――」
「萬一なんてことがあるものか、谷中の富籤ぢやあるまいし」
「谷中の富籤ほども分がありませんかね、親分」
「まア、そんな事だらうよ」
錢形の平次が締めてゐるほど、その贋金造ひは巧妙を極めました。
その頃横行した贋金といふのは、所謂銅脈といつた種類で、銅の臺に巧みな金鍍金をほどこした細工物で、素人目には眞物の小判と鑑別がつかなかつたばかりでなく、贋造貨幣犯人の一番むづかしい使用法が巧妙で、江戸中の恐怖になりながらも、容易にその根源を探らせなかつたのです。
「あの――」
そんな夢のやうな事を話してゐるガラツ八の後ろへ、平次の女房のお靜はそつと顏を出しました。相變らず若くて内氣で可愛らしい女房ぶりです。
「何んだ」
「お客樣ですが――」
「お客樣? どなただ」
「それがわかりません。眞つ蒼になつて顫へて居るやうですが」
「お勝手か」
「え」
平次は默つて立ち上がると、女房を掻きのけるやうに、お勝手へ顏を出しました。其處には誰も居ません。