錢形平次捕物控
本文約9,800字 ・ 読了時間 約20分
あらすじ(AIが作成しました)
江戸の北新堀で起きた釜屋半兵衞の銃殺事件を、錢形平次が解決する様子を描く。密輸入の和蘭製鉄砲が用いられた奇妙な殺人現場で、平次は現場の状況から手口を推察する。調べを進めるうち、平次は下女のお島が自身の父親の敵である主人を討つために、仏像に仕掛けた鉄砲と線香を用いた遠隔操作という巧妙な計画を実行したことを突き止める。事件後、お島は復讐の動機を記した手紙を残し、忽然と姿を消す。
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一
「親分、怖い話があるんだが――」
ガラツ八の八五郎が、息を切らして飛込みました。櫻の莟もふくらんだ、ある麗かな春の日の晝少し前のこと――。
「脅かすなよ。いきなり、飛込んで來やがつて」
錢形平次は鎌首をもたげました。相變らず日向に不景氣な植木鉢を竝べて、物の芽をなつかしんでゐたのです。
「鐵砲ですぜ、親分」
八五郎は餘つ程急いで來たらしく、まだ筋を立てては物が言へません。
「鐵砲? 俺は、女房の方が餘つ程怖いよ」
平次はさう言ひ乍ら女房のお靜の方を振り返りました。
「まア」
陽炎が立つほど着物をひろげて、繕ひに餘念もないお靜は、ツイ陽に薫じた顏をポーツと染めます。
「冗談ぢやありませんよ、親分。通り三丁目に店を持つてゐる釜屋半兵衞が、北新堀の家で鐵砲でやられたんだ」
「成程、そいつはうるさい事になりさうだな。行つて見ようか、八」
平次は漸く神輿を擧げました。
その頃は幕府の取締りが嚴重を極めて、大名が道具を揃へるのでさへ、鐵砲となると一々面倒な屆出が必要とされ、一般人の江戸持込みなどは全くできない時代ですから、鐵砲の人殺しなどといふ事件は、錢形平次の長い經驗にも、曾てないほど珍らしいことだつたのです。
二人が北新堀へ着いたのは晝少し過ぎ。靈岸島の瀧五郎といふ土地の御用聞が、子分と一緒に朝つから詰め切つて、御檢屍前に下手人の目星でもつけようと、一生懸命の活躍を續けてゐる眞つ最中でした。
「錢形の親分か、丁度いゝところだ」
瀧五郎はさり氣なく迎へます。この素晴らしい競爭者には、どうせ太刀打が出來ないと思つたのでせう、眉宇の間に焦燥の稻妻は走りますが、でも、唇には愛想の良い微笑さへ浮びます。
「鐵砲でやられたさうぢやないか――滅多にないことだから、後學のため見て置き度い」
平次はこの大先輩と手柄爭ひをする氣などは毛頭ありません。
釜屋の家族や奉公人達は、すつかり怯えて遠くの方から眼を光らすだけ。その重つ苦しい空氣の中を、瀧五郎は、平次を案内しました。
「錢形の。この通りだ」
湊橋寄りに建つた離屋の、豪華を極めた一室を、瀧五郎は縁側から指すのです。