TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

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「親分」

ガラツ八の八五郎が、泳ぐやうに飛込んで來たのは、江戸中の櫻が一ぺんに咲き揃つたやうな、生暖かくも麗らかな或日の朝のことでした。

「なんだ八、大層あわててゐるぢやないか」

錢形平次は朝飯の箸を置くと、大して驚く樣子もなく、煙管を取上げて、粉煙草をせゝります。

「落ついて居ちやいけませんよ。釜屋で又殺しがあつたんで」

「釜屋?」

「北新堀の釜屋、――ツイ十日ばかり前に主人の半兵衞が鐵砲で撃たれて死んだ――」

「誰が殺されたんだ」

平次もさすがに愕然としました。拔荷の鐵砲を百梃、三千兩でさる大名に賣り込まうとした釜屋半兵衞が、怨のある女中に殺され、鐵砲百梃は平次の働きで公儀に沒收されたのは、ツイ此間のことです。

「番頭の伊八が、離屋で金の番をしてゐてやられたんで、奪られた金はざつと八千兩」

「釜屋は闕所になる筈ぢやなかつたのか」

「それが、明日役人に引渡すといふ前の晩だ。際どいことをするぢやありませんか」

ガラツ八が舌を卷くのも無理のないことでした。拔け荷(密輸入)を扱つた釜屋は、主人の葬ひが濟む間もなく、跡取の初太郎は番頭伊八と共にお奉行所に呼び出され、通三丁目の店と北新堀の住家は言ふ迄もなく、夥しい家財を沒收の上、江戸から追放といふ峻烈極まる言ひ渡しを受け、明日は役人が乘込んで來て、竈の下の灰までも引渡すことになつてゐるのでした。

その前の晩、町役人の監視の下に一と晩だけ現金の番人をしてゐた番頭の伊八が、因縁付きの離屋で蟲のやうに殺され、睨めつこをしてゐた筈の八千兩の小判が、宵から曉方までの間に、煙の如く消え失せたのでは放つて置けません。

「そいつは容易ならぬことだ、直ぐ行くとしよう」

平次は自分もいくらかの掛り合ひがあるせゐか、何時になく氣輕に御輿をあげました。

北新堀の釜屋へ行くと、町役人が詰めかけた上、土地の御用聞が二三人、靈岸島の瀧五郎の采配で、裏表を嚴重に固め、出入りを一々檢査して、水も漏らさぬ大警戒です。

「瀧五郎親分、大變なことになつたね」

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