一
「こいつは驚くぜ、親分」
ガラツ八の八五郎は、相變らず素頓狂な聲を出し乍ら飛込んで來ました。急に春らしくなつて、櫻の蕾がふくらみさうなある日の午頃のことです。
「驚くよ、八五郎が馬を曳いて來たつて、暮れ以來お手許不如意で、兩と纒まつた金はあるめえよ、なアお靜」
平次はお勝手で水仕事をしてゐる女房に聲を掛けました。
「馬なんか曳いちや來ませんよ」
八五郎の甚だ平かでないのへ押つ冠せて、
「お前と一緒に來て、路地の外に立停つた駒下駄の音はありや何んだえ。近頃流行つてゐる下駄の、それも小股の切上つた輕い音だが」
平次はひどく呑込んだ顏をして居るのです。
「驚ろいたなア、あつしと一緒に歩く小股の切れ上つた女は、馬と極めて居るんですか」
「まアそんな事だらうよ。お前の情婦ならドタドタするし、叔母さんと來ると、少しよろ/\して居る」
「そんな間拔なものぢやありませんよ。今朝麻布に不思議な殺しがあつたんですよ――六本木の大黒屋清兵衞の伜の清五郎が、軒の下に芋刺になつて死んでゐて、掛り人の何んとかいふ娘に下手人の疑いが掛つたから、助けてくれ――とその妹といふのが飛込んで來たんです。そりや良い娘ですよ親分」
八五郎は聲を秘めるのです。その癖路地の外まで筒拔け、十四五の可愛らしい娘が、それを聽かされて今更逃げもならず、袖を頬に當てたり、肩を搖ぶつたり、惱ましい所作を續けて居たことは言ふ迄もありません。
「折角お前を頼つて來たのなら、お前が一人で出かけるが宜いぢやないか。俺なんかの出しや張る幕ぢやなささうだぜ」
「さう言はずに親分」
「近頃はお前の方が人氣がありさうぢやないか」
「からかつちやいけませんよ」
そんな事を言ひ乍らも、平次は手早く支度をして、八五郎と一緒に外へ出ました。
「親分さん――」
何やら口の中で言つて、丁寧にお辭儀をしたのは、まだ肩揚のとれぬ十四五の小娘で、可愛らしさは申分ないにしても、身扮の貧しさと共に、ひ弱さうで、痛々しいものさへ感じさせました。
「六本木から獨りで來たのかえ」