錢形平次捕物控
本文約11,500字 ・ 読了時間 約23分
あらすじ(AIが作成しました)
飯田町の地主朝田屋の娘お縫は、一家を取り巻く不可解な出来事に怯え、錢形平次に助けを求める。折しも平次の元へ、朝田屋の主人の死や不審な火事について情報を持ち込む不審な男が現れる。平次は子分の八五郎と共に、暗闇で蠢く事件の真相を追い、近所の三河屋源次郎の画策する巧妙な犯罪を暴き出す。下男の純情や義兄の葛藤が交錯する中で、江戸の町に流れる不穏な空気が鮮やかに解き明かされていく過程を描く。
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一
飯田町の地主、朝田屋勘兵衞が死んで間もなく、その豪勢な家が、自火を出して一ぺんに燒けてしまつたことがあります。火事は幸ひ一軒で濟みましたが、主人勘兵衞が死んだ後、思ひの外の大きい借金があつたりして、暮を越し兼ねての細工ではないかなどと、變な噂が立つたりしたものです。
「へツ、へツ、親分、變なことがありましたよ」
ガラツ八の八五郎相好を崩して飛込んで來たのは、松が取れたばかりの、薄寒く暮れた宵の口でした。
「何をニヤニヤしてゐるんだ。少し顏の紐を締めて歩けよ、松は取れてゐるぜ」
口小言をいひ乍らも、錢形平次は嬉しさうでした。天氣はよし、御用はなし、退屈しきつてゐるところへ、この少々タガのゆるい子分がやつて來て、漫談放語するのは、決して惡い心持ではなかつたのです。
「だつて、親分、場所は九段の牛ヶ淵ですよ。ピカピカするやうな娘が一人、しよんぼり立つてゐるから、思はず聲を掛けたと思つて下さい――あぶないぜ、お孃さん、そんなところに立つて水なんか眺めてゐると、河童に見込まれないものでもあるめえ、惡いことは言はないから、さつさと家へ歸るが宜い――とね」
「牛ヶ淵に河童が居るかえ」
「物の譬ですよ」
「顎の長い浮氣な河童ぢやあるまいな」
「へツ、冗談でせう」
「で、その河童ぢやない――娘は、何んと言つた」
「あつしの顏を見て居りましたが、いきなり、あら八五郎親分、丁度宜いところでお目にかゝりました。私はもう怖くつて怖くつて、何うしませうと――噛り付きやしませんがね、まア、斯う噛りつきたいやうな恰好をしたと思つて下さい」
「間拔けだなア、あの邊に惡い狐が居るやうな話は聞かないけれど――」
「狐ぢやありません。ピカピカするやうな人間の新造ですよ」
「ヒネた人間で拵へた新造だらう、白粉厚塗りの女實盛だ、人別を調べると還暦に近い代物さ、柳原から河岸を變へたことは知らなかつたが――」
「いやになるなア、夜鷹や惣嫁ぢやありませんよ。親分も御存じの、中坂の朝田屋の娘お縫、此間の火事の時、お調べに立ち會つたんで、あつしの顏を覺えてゐたのですね」
「男が好いととくだね」