TRENDIA CLASSIC

錢形平次捕物控

野村胡堂

1 / 12

「親分、お早やうございます。――お玉ヶ池の邊に、妙な泥棒がはやるさうですね」

ガラツ八の八五郎は、朝の挨拶と一緒に、斯うニユースを持つて來るのが、長い間の習慣でした。錢形平次に取つては、まことに結構な順風耳ですが、その代りモノになるのはほんの十に一つで、あとは大抵愚にもつかぬ、市井の噂話に過ぎなかつたのです。

「妙な泥棒は苦手だよ。此間もうちの三毛猫を盜んだ野郎を縛つて拷問にかけて、猫の子を何處へやつたか白状さしてくれと、氣違ひのやうになつて飛込んで來たお神さんがあつたが、あんなのは困るよ」

少しばかり青葉が覗く縁側の障子を開けて、疊に腹ん這になつたまゝ、黄表紙を讀んでゐた平次は、起き上がると煙草盆を引寄せて、こればかりはよく磨いた眞鍮の煙管と共に八五郎の方に押しやるのです。

「今日は良い煙草がありますよ、この通り手刻みなんかぢやありません。毛のやうに細かくて山吹色だ」

ガラツ八はさう言ひ乍ら、懷中から半紙に包んだ一と握りの煙草を取出して、指先でちよいと摘んで見せ乍ら、平次の方へ押出します。

「成程こいつは良い葉だ。國分か、水戸かな、――何處でくすねて來たんだ」

「人聞きの惡いことを言つちやいけません。お玉ヶ池の變な泥棒のことを調べに行つて、百足屋市之助の店に坐り込んだ時貰つて來ましたよ」

「成程、お玉ヶ池には百足屋といふ大きな煙草問屋があつたな、――だが、その術をチヨクチヨク用ゐちやならねえ。煙草屋だから宜いが、同じ山吹色でも、兩替屋などの店先に坐り込んで、小判といふものを半紙に包んで出されたら、どうするつもりだ」

「大丈夫ですよ、そんな氣障なものは振り向いても見やしません」

「ところで變な泥棒といふのは何んだ」

平次は思ひ直して話を本筋に引戻しました。

「お玉ヶ池から小泉町へかけて、今月に入つてから五六軒泥棒に入られましたよ」

「盜られたのは?」

野村胡堂の他の作品