一
「ね、親分、こいつは珍しいでせう」
ガラツ八の八五郎は、旋風のやうに飛込んで來ると、いきなり自分の鼻を撫で上げるのでした。
「珍しいとも、そんなキクラゲのやうな鼻は、江戸中にもたんとはねエ」
錢形平次は、縁側に寢そべつたまゝ、火の消えた煙管を頬に當てて、眞珠色の早春の空を眺め乍ら、うつら/\として居たのです。
「あつしの鼻ぢやありませんよ。ね、親分、三つになる子供が身投げをしたんですぜ。こいつが珍しくなかつた日にや――」
「待つてくれ八、三つになる子供が身投げした日にや、五つ位になると腹を切るぜ」
「親分、冗談ぢやありませんよ。本銀町の藤屋の伜で、萬吉といふ三つの子が、昨夜裏の井戸へ落ちて死んだんですよ。町内の噂を聽いて、今朝ちよいと覗いて見ると、井戸側の高さは二尺くらゐ、子供の首つたけあるんだから、間違つて落つこつたとは言へませんよ」
「成程そいつは少し變だな。踏臺でもなかつたのか」
「踏臺も梯子もないから不思議なんで」
「何處の世界に井戸側へ梯子をかけて身投げをする子供があるものか」
「だから變ぢやありませんか、ね親分、ちよいと御神輿をあげて――」
早耳のガラツ八は、變な臭ひを嗅ぐと、親分の平次を狩り出しに來たのです。
「そいつは御免を蒙らう。今日は少し血の道が起きてゐるんだ」
「へエー、そいつは知らなかつた。裏で張物をして居るやうだつたが」
ガラツ八は此處へ飛込むときチラリと目に留つた、姐さん被りの甲斐々々しいお靜の姿を思ひ出したのです。
「血の道はお靜ぢやない、俺だよ」
「へエー親分が、血の道をね?」
「眩暈がして、胸が惡くて、無闇に腹が立つて――」
「そいつは二日醉ぢやありませんか」
「男の二日醉は血の道さ。今日は一日金持の隱居のやうに、暢氣な心持でゐたいよ。お前が一人で埒をあけて來るが宜い。赤ん坊が井戸に落つこつたくらゐのことで、八五郎兄哥を働かせちや濟まねえが、萬兩分限の藤屋の一粒種が變な死樣をしたのなら、思ひの外奧行のあることかも知れないよ」
「へエー」