錢形平次捕物控
本文約14,600字 ・ 読了時間 約30分
あらすじ(AIが作成しました)
徳川家康の功臣の末裔である染井鬼三郎は、中風で身動きが取れず、一族の系図を紛失して困窮する。一方、出世を望む者たちがこの系図を血眼で探す中、鬼三郎の娘・お幽の背中には、系図の隠し場所を示す彫物が刻まれていた。銭形平次は、系図を巡る争いと殺人の謎を追い、事件の背後にある野心と、それに翻弄される人々の姿を描く。やがて事件を解決した平次は、系図による立身出世よりも平穏な生活を望む二人の若者の決断を見届ける。
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一
「親分は源氏ですか、それとも平家ですか」
ガラツ八の八五郎は、いきなりそんなことを言ふのです。御用も一段落になつた春のある日、後ろに一立齋廣重がよく描いた、桃色の空を眺めて、一本の煙管をあつちへやつたり、此方へ取つたり、結構な半日を、百にもならぬ無駄話に暮らすのです。
「螢や蟹ぢやあるめえし、源氏だらうと平家だらうと一向構はないぢやないか」
錢形平次は氣のない返事でした。天氣は上々、春は酣、これからお靜の手料理で、八五郎と酌み交すのが、まさに一刻千金の有難さだつたのです。
「虫や魚の話ぢやありませんよ。それ、何處の家にも祖先といふのがあるでせう。その過去帳見たいな卷物を――何んとか言ひましたね」
「系圖だらう」
「さう、さう、そのけえづのことですがね」
「下らねえ詮索だ。俺の家は親代々の御用聞き、胞衣を引つくり返しや、寛永通寶の紋が附いてゐる」
「交ぜつ返さないで下さい。筋のある話なんだから」
「さうだらうとも、五匁玉半分煙にして、空茶を藥罐で三杯もあけるのは、容易なことぢやあるめえと思つて居たよ。そんなに言ひにくいところを見ると、女房が欲しいのか、金が要るのか、それとも――」
「どつちも欲しかありませんよ。痩せ我慢のやうだが、江戸中の娘にがつかりさせるのも殺生だし、御用聞が金を貰ふと、後が怖いから」
「良い心掛けだよ、お前は」
「そのけえづなんですがね、親分。一つ搜して見る氣になりませんか。首尾よく手に入ると、御褒美の金が何んと小判で百兩」
「止さないか、馬鹿々々しい。そんなものに掛り合つてゐると、御家の騷動に捲き込まれて、腹を切らされるよ」
「へエ、さうでせうか?」
「歌舞伎芝居や黄表紙にあるだらう。紛失物は大概きまつて居るよ。小倉の色紙に、讓葉の御鏡さ。それからそれ、御家の系圖だ。皆んな一度は惡人の手に入つて、大騷ぎするにきまつて居る」
平次はまるつ切り相手にしません。
「さう言はずに聽いて下さいよ。お禮は兎も角、こいつは滅法面白い仕事で、引受け甲斐がありますぜ」
「何處かでまた、おだてられて來たんだらう。兎も角、話して見な。事と次第では、小出しの智惠を貸さないものでもない」